「兄さんは」と語り始める声色は思いのほか柔らかい。もっと悲壮に、あるいは引き締まった調子で始めるのかと思っていた。
定期に行っている代表者の集まりでの話だ。出自が出自なだけに、この男を匿うことに抵抗を示す者が少なくない。
放置すれば内で膨らんだ恐怖が何をきっかけにはじけたものかわかったものではなかった。その不安を取り払うつもりで、これがどのような人間かを見せるのを目的として整えた場だった。
勝手な思い込みと言えばそこまでだが、与一の様子に何故か拍子抜けして思わずその顔をうかがう。
手繰った記憶を読み上げるようにゆるく伏された目蓋の奥、その瞳を捉えた瞬間の胸の悪さといったらない。この空間に居る誰もを通り越し、どこか遠いところに居る何者かを探していた。それがわかった。
言葉を交わす中でこの男の想いは知っている。「兄さんを止めるのだ」と何度も繰り返したあの落ち窪んだ瞳の奥、ぎらついたものを覚えている。
だから未だ、あの悪虐の限りを尽くす”片割れ”に愛を傾けているこの男の行く先に、死が口を開けて待っている予感がしたのだ。