誰そ彼誰そ彼
ふと目を覚ます。
違和感を覚えて首元に手をやると生命を維持するために繋がれた補助機の一切が取り払われていた。撫でおろすと、傷跡のひとつもなく、ただするりと滑らかな肌の感触がかえってくる。
では夢か、と口元がゆるんだ。
夢を見るのは好きだった。寝入りばな、あるいは覚醒までの微睡の間に恨みがましい目でただひたすらに睨め付ける者、力まかせに罵詈雑言をぶつける者、あるいは、見知った顔が予想もしない役柄で登場して間抜けな言動をしていたなと思い返す時間は思いの外楽しい。
その夢はどこだかわからない屋外のテラスではじまった。ふわ、と心地よい風に後ろから吹かれて、つい振り返る。
そこに弟がいた。ベンチに越かけて頬杖をついて、ぼんやりとした顔でこちらを眺めている。
「やあ、久しぶりに顔を見たな。夢にも出てきてくれないなんて」
つれないね、と言いさしたところで、ふいにその顔が微笑んだのを見た。
おや、と目をしばたく。
繰り返してきた光景がある。異能のことを抜きにしても、小さく非力な身体で立ち向かってきたあの日の光景
それが、いま微笑った。
ついぞこの表情のことを忘れていた。そうだ、こんな顔で笑う子だったと思い至り呆然と眺める。
「兄さん、歳をとったねえ」
「よ」
記憶のとおりに開いた口の形がその先を諳んじる前に目が開いた。
・
かげろう
夢を見ている。
この場所には見覚えがあった。いつかの夏、兄弟で足を休めた大きな木の根本だ。日陰ひとつない道をあるき尽くでくたびれていた幼い二人の目の前に、実に魅力的な木陰を広げてこの木はずんぐりと佇んでいた。
「あそこでちょっと休憩しよう」と声をかけると、思いの外ほっとした声色が乗った。
「ぼくもそう言おうとおもってた」答えた弟の声にも安堵が滲む。
「あのね、赤ちゃんみたいにするところだったよ。座り込んでさ」
いたずらっぽく笑う額には汗で張り付いた銀糸がきらきら光っている。玉になってすべりおちようとする汗の粒を指でぬぐってやりながら、口元には自然と笑みがこぼれた。
「それは大変だ。もうお前はこんなに大きいのに」
軽やかな笑い声を上げながら兄弟が揃って木の根元にかけてくる。そこに地面から剥き出した太い根が腰掛けのようになっているのを見つけると、弟はひどくおかしがった。
「ねえ見て、座ってくださいって言われてるみたい! つるつるだね。誰か磨いたのかな」
「みんなが座ってるうちにこうなっちゃったのさ」
なんだかひどく懐かしかった。歩み寄って、しゃがみこんだ弟の頭を撫ぜようと手を伸ばすが、頭ひとつ包み込めるくらいに大きくなった手のひらが、陽の光を吸った熱い髪の感触に届くことはなく、煙に触れたようにふわりとほどけて掻ききえてしまった。
ぽつねんと一人取り残されぼんやりと弟を通り抜けた指を軽くすりあわせ、消えるなら、触れなければよかったなとほんの少し後悔した。