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    MASAKI_N

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    MASAKI_N

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    怪物jwds⑥

    ##怪物
    #怪物
    monster
    #ジュウォンシク
    jewish
    #ドンシク
    #ジュウォン

    悪夢 彼女の指を発見した時
     指を置いた時
     彼女が自分の足の下で生きていたと知った時
     彼はどんなに絶望し、悔いただろう
     光の届かない暗闇で溺れもがいて
     必死で燃やした自分の身体が光るのだけが頼りだった彼が
     ――呪いや殺意や復讐の念だと思っていたその炎は
     愛する妹への愛を思い出す時だけ義憤で昇華され
     彼の行く先を照らす道標となった

     どうして僕は、あんなに彼を見張っていたのに、それに気付けなかったのだろう。
     どうして彼の生きる世界はこんなにも、非情で残酷なのだろう。

     ――ハン・ジュウォン警部補

     よく通る声で呼び掛けられた記憶がフラッシュバックし、意識を揺さぶられる。びくりと身体が震え、ハン・ジュウォンは目を覚ました。

    『ジュウォナ、大丈夫?』
    「……え」
     現実に鼓膜が震えて届いた音だとわかり、思考が一時停止する。
     朝日の射し込む窓。ベッドの感触。枕元の端末が薄暗がりで光っている。
    『おはようございます』
     ジュウォンが起きたことに気付き、ドンシクが画面の向こうでお辞儀した。
    「あれ……え、ドンシクさん」
     辛うじてキッチンからベッドに移動はしていたが、よく覚えていない。眠ってしまったドンシクを眺めながら、封を切った酒を飲み切ったはずだ。自分も仮眠を取ろうかぼんやり考えながらベッドに移動して、そのまま寝てしまったのだろう。
    『うん』
    「僕――何てことを」
     まさか、自分の寝顔を垂れ流しにしてしまうなんて、一生の不覚だ。
     ドンシクの様子を録画していた自分のことを棚に上げて、両手で顔を覆う。
    『どうした?もっと早く起こせば良かったか』
     自分の姿が映るものを探して、急いで髪と服を整える。
     ひどい寝癖だ。直らない。
    「通話したまま寝てしまうなんて」
    『ああ、そういうこと。俺が寝ちゃってからだと、六時間半くらいは寝てたのかな?大丈夫でしょ。このアプリ、ワイファイ環境なら二十四時間通話無料って教えてもらったやつだよね。ふふ、機能通りの見守りカメラになっちゃいましたね。便利な時代だな』
    「通信料の話では、なくて」
     録画マークはまだ点いている。分割データで自動的にクラウド保存されているから、自分がどうやってここで眠ったか後で見ればわかる。
    『あの後すぐ、俺、寝ちゃったんだね。あなたと話すの楽しみにしてたのに、ごめん。声聞いて顔見たら安心したのかも。あなたは俺が起きないか、しばらく待ってくれてたんでしょ。その間につられて寝ちゃったんだ』
    「そういう――わけでは」
     切りたくなかった。
     話はしなくてもいいから、眺めていたかった。
     顔を見ながら、あなたのことを考えていたかった。
    『違う?寝顔が面白かった?』
    「面白いって、そんな」
     ドンシクは伸びた前髪を分け、額が出ている分、黒い髪と白い肌のコントラストが際立って、起きている間はあんなに豊かな表情を見せるだけに、生気を感じられない寝顔だった。ジュウォンも人のことは言えないが、髭や髪型に男性的と判断される記号が無い時は、中性的な顔立ちと言えるのかもしれないと思った。
    『人の寝顔って面白いよね。俺もしばらく眺めてた。あなた、うなされてたよ。眉間に皺が寄ってた』
    「え」
     やり返されてしまったのは不本意だが、ドンシクも悪びれずに同じことをしてくるなら、こっそり寝顔を眺めていたことへの罪悪感は消える。
    『夢見が悪いのは俺もだけど、大丈夫かなと思って起こしちゃった。ごめんね。疲れてたのに』
    「僕は大丈夫です」
    『あなたの声を聞きながら眠ったせいかな。俺も久し振りにあの事件の夢を見た』
     ドンシクが次々と起こる悪いことに翻弄され、正気を失う瞬間を何度も見た。
     人をコントロールするのが得意で、トリッキーで食わせ者の彼ですら制御できない、絶望という感情の動きを目の当たりにした。
    「……すみません」
     昨晩見ていた限り、ドンシクはうなされてはいなかった。
    『どうして謝るの?途中まで悪夢だったけど、あなたが助けてくれました。現実通りに』
     他人の人生の重大な事件を、あんなに立て続けに目撃することはそう無いだろう。
     イ・グムファの遺体が発見された時は動揺を隠すのに必死でいた。
     ドンシクは無表情でいたのを覚えている。激しく狼狽するジフンの様子が印象的だった。事件を追い、遺体を日常的に探し続けてきたジュウォンとドンシクとは違う、人間らしい反応。
     ミンジョンの事件の時は、まだ他人事だった。ドンシクが犯人でないのなら、不幸に囲まれ追い詰められるその運の悪さは一体どういうことなのかと目眩がした。
     ドンシクは泣いていた。ほんの少ししか知らないミンジョンの笑顔や声が何度も再生され、さすがに吐き気がした。
     イ・グムファの死はもう予想できていたからなんとかなったが、話したばかりの人間が殺されたかもしれない事実は重かった。ドンシクはもっと辛いだろうと思ったが、何も言えなかった。
     ナム・サンベ所長の事件で、自分にもこんなことが起こるのだと絶望した。
     所長とドンシクを傷付けてしまった要因が自分にもあることへの後悔と自責の念に息ができなくなり、泣き叫ぶドンシクを無意識に抱き止めて、目の前の光景が現実でなければどんなにいいかと願った。
     夢の中でドンシクを助けただなんて、何の慰めにもならない。
    「僕は、何もできなかった。全部手遅れだ」
     それはドンシクの願望が見せた幻覚だ。
    『今のは夢の話だ。それに、あなたは間に合ったじゃない』
    「――え?」
     後悔と真逆の言葉を掛けられ、ドンシクと目を合わせる。
    『俺を助けるのは、間に合ったよ。あなたは事件を終わらせに来てくれた』
     現実には何も止められなかった。起こったことを処理しただけだ。
     ドンシクは、ジュウォンが自暴自棄になることまで止めてくれたのに。
    「助けてもらったのは僕です」
    『なら、あなたを助けるのも間に合ったんだ。良かった』
     最悪の場合、犯人を殺して自分も死ぬと、覚悟していたからだろうか。
     長年ドンシクが孤独に捜査を続けてきた未解決事件を、無謀なジュウォンが解明しようとマニャンに乗り込んできたおかげで、死ぬことをやめられたとでも言うのか。
     死因は交通事故だ。事故が隠蔽されなかったら、ジンムクの蛮行はすぐに暴かれていたかもしれない。
     父は警察官を辞めただろうか。ジョンジェは薬物摂取の上の運転で捕まるくらいで済んだだろうか。ト・ヘウォンは議員以外の何者になっていただろうか。警察官にならず、画家にでもなっていただろうか。
     ドンシクの父親は死なず、母親の精神は保たれただろうか。イ・チャンジンは、ジファと別れずに済んだだろうか。
     地獄を見に行かないと、解明できない事件だった。人間をやめた男が一人、住み着いていたばっかりに。
    「僕はただ古いものを掘り起こして、めちゃくちゃに壊してしまった。死ななくていい人を、殺してしまった」
    『そうかもね。でも、あなたは誰も殺してない。殺したのは犯人たちだ。きっかけは全部ジンムクのせい』
     犯行と、犯行を利用したさらなる犯行が重なり続けたなら、ドンシクにもジュウォンにも、止められないままの状態の方が有り得たとでも言いたいのか。
    「僕のせいでもあるから」
    『まさか。全部きれいに明らかになったよ。あなたのおかげで。あなたも辛いのに勇気があったおかげで。最初は王子みたいな人なのかと思ったけど、あなたの本質は勇者だと思う。そうやって謝るのも、勇気がいるはずです。許してもらえないかもしれないことを謝るのは、凄いことだと思う』
     逆か。ジュウォンにしか暴けない相手が核だった。ジュウォンが踏み込んで来なかったら、一歩手前で全てが闇のままだったと言いたいのか。
    「罪は消えないのに、僕の後悔は薄れてしまう。それこそが本当の罪だと思うのに、止められないのが怖い」
     寝起きのためか、どんどん気が弱くなる。勇気を讃えてくれたというのに。
    『そういうことが実感できたんなら意味はあるよ。これからの仕事と人生に』
    「そうかな……だといいですけど」
     強い人には、弱い部分がないのだと思っていた。小さな傷の痛みすら忘れられないから、強くなれる人もいるのだ。自分はまだ、傷を無かったことにしないと迷ってしまう。ドンシクも迷ってはいけない時は、そうしていただろうか。
    『ジュウォナ――今日って、何か予定ある?』
    「ありません。昨日言った通りです」
    『今からそこに行ったら迷惑ですか?着くまでの間、眠ければあなたは眠って』
     柔らかい笑みに、真意を探す。
     ドンシクの孤独を紛らわしたいと思っているのに、実際にそうしてくれるのはドンシクの方なのだろう。甘えてもいいと言われても、まだ気が引ける。
     一度甘えてしまったら、その手を離したくなくなってしまうから。
    「それは……駄目です」
    『そっか、急にごめん』
     ドンシクが会いたいと思ってくれているのは、本心なのだろう。目を伏せて寂しそうにしたドンシクに、そんな風に諦めさせたくないと思った。ジュウォンだって、会いたくないわけではない。
     ――甘えなければ少しぐらいはいいだろうか。
    「人に会うのに寝癖なんて、駄目です」
    『ははは、そっちか。相変わらず』
    「僕がそちらに伺います」
     ドンシクのために何かすれば罪悪感が薄れるからではないかと自問自答する。
     むしろ罪悪感は、ドンシクを好きになればなるほど重くなる。でも、「あなたの不幸はあなたのせいではない」と言い続けられるのが自分しかいないなら、それが自分の唯一の存在意義だっていい。
    『いいよ、無理しなくて。忙しいでしょう』
    「もし次があるなら、今日でなくても構いませんが……今日も時間はあります。元々、寝ずに話し続けてもいいように空けてありますから」
     ドンシクは寂しそうなまま、また笑った。外で会うのと、お互い一人の部屋から通話をするのでは、表情も少し違う気がする。
    『目が覚めた時、あなたがそこにいて凄く嬉しかったから、会いに行きたいと思っただけです。用事は無いんだ』
     これまで、ドンシクの言葉は文字にすれば甘くてロマンチックに思えることでも、その時々で不穏な響きを帯びていた。
     今日は甘く真っ直ぐで、どこか寂しげに聞こえる。
     思ったから伝えただけで、答えは期待していないとでも言うように、砂浜にふわりと寄せる泡みたいに儚い。
     そういう気持ちを知っている。
    「……これは夢ですか?」
    『どういうこと?』
     僕の知るイ・ドンシクは、僕の都合など気にしない。「今から行きます。あなたは寝ていて」そう言って強引に押しかける人だ。
    「僕の居る場所を、あなたは知っているはずです」
    『いつでも会いに来いって言ってる?』
     ドンシクは、はははは!と大きな声で笑った。
     この人、僕の気持ちにとっくに気付いているんじゃないか?
    「僕の許可なんて要らないはずです。許可を求めないといけないのは僕の方だ」
    『どうして?俺を逮捕したから?』
    「僕はあなたの人生をめちゃくちゃにしました。そうしてやろうと思ってマニャンに行ったんだ」
     また話を蒸し返してしまった。
    『あなたがそう思ってマニャンに来たのは知ってるよ。それに乗っかったのは俺だし。でも、俺たちの人生がめちゃくちゃになったのはジンムクとあなたのお父さんのせいだってば。あなたのめちゃくちゃが無かったら、何にもわからないまま死んでたかも。それか、何も暴けないまま証拠を消されて、茶番を続けてたかもしれない』
     今度は別の諦めが見える顔をして、ドンシクは髪をかき上げた。坊っちゃんは頑固だな。そんな顔だ。
    「僕がいなくても、葦原で遺体は発見されたでしょう」
    『それでも、いずれはあなたに辿り着いたよ。みんなずっと繋がって、引き合っていたんだ。そういう因縁の事件だった。イ・グムファが殺されて良かったなんて絶対に思っちゃいけないけど、あなたとのやりとりがなければ、事件にあれだけ早く進展は無かったかもしれない。あなたの迂闊で軽率な行為も全部無かったことにしてしまったら、チャンジンの犯行も暴けずに、俺が殺されていたかもしれないよ』
     イ・グムファの遺体を調べれば、ドンシクはジュウォンを見付けただろう。彼女の端末を見たら、ジュウォンを取り調べただろう。ミンジョンはジュウォンと関係なく被害に遭い、あの朝、ジンムクはドンシクの罠にかかる――それは、ジュウォンも何度も考えた。
     ハン・ジュウォンはどうしても、イ・ドンシクと出会ってしまうのだ。だが、ジュウォンは自らマニャンに乗り込んだ。その事実があの時点である限り、罪深く軽率な行為がドンシクの人生で邪魔なのは確かだ。
     それなのにどうしてドンシクは、画面の向こうで優しく笑っているのか。
    「ドンシクさん」
    『ここに居ますよ』
    「僕が自分からマニャンに行かなかったら、どうなっていたと思いますか?」
    『そうしたら俺が、あなたの人生をめちゃくちゃにしてやろうと思って乗り込んだと思わない?あなたが俺と会話ができる状況にさえなれば、結局いつかは今みたいな関係になれたんじゃないかな』
    「そうでしょうか」
    『あなたらしくないですね。やり直せないことを、やり直そうとするなんて。いつも前を向いて進んでいるところが好きなんだけどな』
     う~ん?と少しおどけるような顔をして言われ、好きという単語が無条件に胸を叩く。
    「僕は随分、変わりました。僕らしさを解体したのはドンシクさんですよ」
    『きっかけはどうあれ、人間は自分で変わっていくもんだよ。思い通りに変われるかどうかは別としてさ。本人の選択が絶対に必要だから。俺のせいで変わった?俺にはそんな力、無いよ。他人を変える力があったらそれこそ、二十年前に事件は解決してた』
    「――ごめんなさい」
     失言しかしていない気がするのに、ドンシクは会話をやめようとしない。そういう人だ。どんなに嫌いな相手とも会話を成立させられる。ドンシクの知りたいことがある限り。
    『どうしちゃったの。気弱だな。二日酔い?お腹が空いてる?水でも飲んだら』
     会話を続けて、ジュウォンの何が知りたいのだろう。ジュウォンはそれが知りたい。
    「……僕が、そちらに行ってもいいですか」
    『じゃあ、中間地点で会いませんか?あなたも昼ご飯が食べられそうなところに行こう。一緒にご飯を食べたら安心すると思うんだ。俺が。母親とか所長が飯食わそうとするの不思議だったけど、俺もわかってきました。年のせいかな』
     はははと笑いながら景色が動いて、昨日と同じ服だと思っていた黒いVネックと微妙に服が違うことに気付く。
    「あ。もう着替えてるんですか」
    『俺は先に寝たから、先に起きたんだ。顔洗って歯も磨いたし、朝飯も食べたから、いつでも出られるよ。あなたが駄目だと言ってもそっちに行く気でいた』
     やっぱり変わっていない。ジュウォンの知るイ・ドンシクだ。
     慌てて立ち上がり、水を取りに行く。
     会うと決まれば一秒だって無駄にしたくない。
    「身支度してすぐに出ます。待ち合わせ場所を決めてもらえますか?」
    『じゃあ俺がパソコンで調べておくね。何食べたい?肉?』
    「洋食が選べて清潔感があれば、どこでもいいです」
     行動が決まれば動けるようになる。
    『ははは、わかった。探しとく』
     前を向けたのは、きっとドンシクが見ていてくれたからだ。
     勇気が出たのは、味方ができたからだ。
     ドンシクはさっきからずっと、自分がジュウォンの味方だと言ってくれていたのだ。
    「ドンシクさん」
    『ん?』
    「ありがとうございます。色々と」
    『色々とって何?』
    「後で、ゆっくり話します」
    『ふぅん。じゃあ待ってる』
     一旦切るね。
     じゃあまた。
     ジュウォンは通話をオフにして、ばたばたとバスルームに向かった。
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