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    アライグマ

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    アライグマ

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    (最終話前、先行上映分しか視聴していない時に書きました)
    数年後ifのマチュとシュウジが再会する場面や話しているところを書いたSS。1万字に届かないぐらいのボリュームの捏造。
    最後の方にシュウマチュのラブコメがちょっとあります。

    遊色天蓋 肩と脚部のバーニアが青い軌跡を描く。ジークアクスが高速で宇宙を飛ぶ。
     軍警ザクの機動力では追いつけない。何機もの軍警ザクの連携の間を縫うように、白い機体は踊った。手にしたヒートアックスの赤い残像がザクたちをかすめ、墜落させていく。

     混乱するコロニー周辺宙域に緊急停止した旅客機では、怒声が行き交っていた。
    「おい! 着陸急げ!」
    「ダメです! ミノフスキー粒子濃度が高過ぎて港と通信できません!」
    「軍警は何をやっている! 役立たずが!」
    「なあ、あれ、ガンダムなんじゃ……?」
     気色ばむ男たちに、怯えた表情の乗客が顔を見合わせる。
     そんな折。ごん。旅客機の片隅で、女性の額と窓がぶつかった。
     目を見張る若い女性……アマテ・ユズリハが、小さな覗き窓に張り付いて戦いを凝視していた。
    「ジークアクスだ……!」
     視線はジークアクスに釘付けだ。思い出深い白と青の糸。幼い瞼に焼きついた機体。
    「……そこにいるの、シュウジ?」
     喉の奥でかつてのマヴの名前を呼ぶ。
     3年前に酔っ払った甘い予感。誰かと繋がる感覚……。どんなに探っても、掴めない。17歳の頃、彼女は特殊な資質を喪失したからだ。
     白い機体が宇宙の彼方に消えていく。
     アマテは白い軌跡を見ていることしかできない。

    ***

    「……あいつが、このコロニーに来てる?」
     ニャアンは、クラゲの水槽の水流調節の手を止めて、アマテに振り返った。
    「グラフティ、あったの?」
     ここはアマテが借りているアパートの一室だ。壁一面に貼られた写真と、大きなクラゲの水槽が特徴的と言える。
     ニャアンはよくアマテの部屋に遊びに来る。すらりとした長身と長い髪が、ありふれた独身の一室で抜きん出て見えた。
     近頃モデルを始めたニャアンは、化粧も小物選びもこなれてきて、エキゾチックな雰囲気のある美形としての完成度を高めている。ただ、話せばいつものニャアンだ。
    「いや、軍警と戦ってた」
     ベッドの上に胡座をかくアマテは、嬉しげに答えた。足を揃えて椅子に座ったニャアンは心配そうに眉を下げる。
    「まだあんなこと続けてるんだ……」
    「……あんなこと、というか」
     宇宙を駆るジークアクスを見て、アマテは歓喜を覚えた。シュウジが変わらずあの時のまま自由だということが喜ばしかった。
     壁に貼った写真たちの中に一枚、抽象的なグラフティアートを撮影したものがある。アマテはその写真をちらと見た。彼女の憧れを、ニャアンはいまいち理解できない。
    「ジークアクス、綺麗だったよ」
    「アマテ」
     ニャアンはアマテの肩に触れた。黒猫みたいな黄色い瞳が真っ直ぐ薄荷色の瞳を捉える。アマテはちょっとどぎまぎした。
    「バトルしたいって、今も思う? お母さんたちの目がなかったら、ジークアクスにもう一度乗りたい……?」
     抜き差しならない質問だった。
     17歳の決別の日から、アマテは己の日常に没頭した。失った親の信用を取り戻すためにそこそこの努力と時間が必要だったのだ。写真家という、今のアマテの職業に就くのも大変だった。
    「……ううん。思わないよ。写真家、本気で目指してる。よそ見しない」
     ニャアンは目を細めた。
    「ジークアクスから見た景色を写真に撮りたいって思わないの」
    「うっ……。ま、まあ? あれは私にしか見えない景色だし、写真に撮れたらきっといいものになる気がするけど? そのために乗りたいとかはこれっぽっちも」
    「思うんだ」
    「……乗れないよ」
     アマテは自分のこめかみを指さした。
    「ちから、無いから。ジークアクスに乗っても動かせないのは、ニャアンも知っているでしょ」
    「うん……」
     ニャアンは思案げに目を伏せたが、すぐにやさしく微笑んだ。
    「変なこと聞いた。ご飯にしよう」
    「やった。今日は何?」
    「生春巻き」
     ニャアンと共に食事を摂るうちに、アマテの浮き足だった気持ちは段々落ち着いてきた。
     クラゲの世話や、写真家活動、趣味の充実、ライター業の締め切りだっていくつもある。自分の生活に集中すれば、今のアマテはジークアクスとシュウジのことを忘れることができた。

    ***

     まっすぐな直線道路でバイクをかっ飛ばす。
     アマテが走っているのは、コロニーの各エリアを繋ぐ長い橋梁道路の只中だ。すぐ下はガラス張りになっており、その向こうには宇宙が見える。近頃のアマテのお気に入りだ。
     エンジンから伝わる振動に集中すると、心が空っぽになる。運転だけが全ての世界に行ける。アマテは気ままなドライブでストレス発散するルーチンがあった。
     小休憩のために、アマテはバイクを道の脇に停車した。バイクに腰掛け、橋の外に目をやる。宇宙はこの世で一番深い黒をこんこんと湛え、彼女のことを見ていた。懐からカメラを取り出し、ぱしゃりと一枚撮る。
    「ふう……」
     深呼吸。
     その時、アマテの首筋がわずかに粟立つ。
     鉄っぽい匂いが鼻を掠めた。

     俯いたアマテの顔が、大きな手袋をはめた男の手に覆われる。

     ぐい。有無を言わさず引き寄せたアマテの赤い頭に、突然現れた男は鼻を近づけた。
     アマテは既視感のある感覚に身を硬くし……しかし、今回は飛び退かなかった。
    「久しぶり」
     優しげな囁き。男はアマテから身を引く。
     視界が開け、薄荷色の瞳が男を捉えた。
     痩身とラフな格好。顔にかかった青い髪。不穏なほど鮮やかな赤い瞳。
    「シュウジ……」
     かつてのアマテのマヴ。シュウジだ。間違いない。
    「やっぱり、マチュだ」
    「何でここにいるの!?」
     悲鳴のような声を上げるアマテ。ここはトラックがまばらに通るだけの閑散とした道路だ。人とすれ違うようなところではない。
    「君のガンダムが君を探している」
     シュウジは泰然と言い放った。相変わらずのマイウェイだ。彼に追従するほどの資質を有していた17歳のアマテでも、彼の真意を正確に測ることはできなかった。
    「付いてきて」
     シュウジはアマテに背を向け、マンホールリフターを使ってすぐそばの地下通用口への扉を開けた。
    「待って、シュウジ」
     アマテは一旦、先ほどまで腰掛けていたバイクの元まで戻り、目立たぬように橋桁の影まで移動させ、厳重に鍵をかけた。
     アマテは写真家だ。こんな辺鄙な場所でバイクを停めても、いくらでも言い訳はできる。しかし、世界情勢はいまだに危うく、テロリストの疑いがかかるような余白はできるだけ無い方がいい。
    「これで大丈夫。行こう」
     シュウジは首肯し、地下通用口を降り始めた。
     明るい昼間の道路から一転、暗闇に沈んだ地下道を進む。
     目が暗さに順応してきたあたりで、アマテは先導するシュウジの背中を伺う。昔より肉付きが良くなったように見える。野垂れ死という悲惨な死に様と縁遠そうで、彼女は少し安心した。
     頭上のコンチが照射するハイビームの光に導かれるようにして、20歳の若者たちは冥界下りのような長い道のりを苦も無く踏破した。
     シュウジが最奥の重そうな扉を開くと、広々とした空間に出た。
     そこに、懐かしい機体が横たわっていた。
    「ジークアクス……」
     アマテが呻く。記憶の中にある流線と派手なカラーリングを見紛うはずも無い。
     シュウジはジークアクスの傍らまで歩いていき、無言でアマテに振り返った。

     赤い瞳が雄弁に語る。ガンダムに乗れと。

     アマテは怖気付いて後退った。
    「シュウジ。私はもう……」
    「わかっている。それでも」
     シュウジの意志は固そうだ。
     アマテは腹を括り、ジークアクスに近寄った。コクピットはひとりでに開く。アマテはシュウジの『マチュを探している』という言葉を思った。
     胴体を一人で登り、操縦席に降りる。ジークアクスはいつぞやのようにアマテを受け入れ、コクピットを閉じた。
     数秒後、わずかに発光するディスプレイ。
     MSに乗るのは実に3年ぶりだ。
     アマテは操縦席に全身を預け、操縦桿に手を置く。静かに目を閉じ、過去のような閃きを待った。
     アマテの胸に去来するのは少年の日の思い出だ。日常と非日常を行ったり来たり、駆けずり回った日々。胸が熱くなるような体験。
     アマテの瞼の裏を、『マチュ』というMSパイロットが全速力で駆けていく。跳ね回る小さな背中をただ眺めた。
    『シュウジ!』
     懐かしい幻聴。
     笑顔の少年が少女の手を取って一緒に走り出す。
     アマテの白昼夢か、それとも、ジークアクスが見せているのだろうか?
    「ジークアクス……。あの時、一緒に飛んでくれてありがとう」
     夜ごと古びていく、諦観さえ甘く感じるほど大切な記憶……。アマテにとって、あの時の悩みも熱量も、喉元を過ぎている。
    「……もういないよ」
     宥めるように操縦桿を優しく撫でた。
    「その女の子は、もういない」
     ジークアクスは、少ししてコクピットを開放した。アマテの意思を読み取ったのだろうか?
    「……」
     見上げれば、ちょうどシュウジがコクピットを覗き込んだところだった。彼は、神妙な眼差しでかつてのパイロットと機体を見守っていた。
     その時、ようやく、アマテはシュウジのずっと背後……天井にまで描かれたグラフティに気がついた。
     病的に埋め尽くされた虹色。シュウジの描く絵の中に、赤い機体……シュウジが当初乗っていた赤いガンダムと、白い機体があった。シュウジのタッチで緻密に描かれたそれらと、宇宙。太陽。星々。
     息を呑む。
     胸に、3年前の熱が甦った。
     今、アマテはジークアクスに乗って、シュウジと共にキラキラの中にいる。
     涙で視界が滲む。狂おしいほどの興奮がアマテの胸を軋ませた。早鐘を打つ心臓を落ち着けるように、胸を抑え、陶酔と郷愁がない混ぜになった熱い空気を静かに吐き出す。
     これは、アマテの錯覚だ。後ろ髪を引かれているだけ。この天井画はそもそもジークアクスに捧げられたものなのだ。
     彼がかつての『特別』をアマテに分けてくれても、過去の輪郭をどれだけなぞっても、17歳の少年少女は居ない。
    「シュウジ」
     操縦席に身を預けながら、アマテはシュウジに呼びかける。
    「謝りたかったんだ。……ごめんね」
     シュウジとアマテの視線がかちあう。コクピットの内外が何万光年の隔たりにも思えて、アマテは声を張る。
    「……初めに、クラバに誘ったのは私。私が、シュウジを巻き込んだ。それでマヴになってもらった。でも、私が……先に手を離したでしょ」
     アマテは、シュウジと共に飛べなくなった。もう二度と。
    「謝りたかったの。あの時したことに後悔はないんだけどさ。同じ景色を見ていたのに、私の選択で見れなくなっちゃったから……」
     アマテの話を聞く間、身じろぎもしなかったシュウジが首を振った。
    「謝るようなことじゃない。マチュに自由になっていいと言ったのは僕だ」
     シュウジはコクピットの外から、アマテに手を伸ばす。手のひらがそっと開かれた。
    「……君も僕も自由だ。いつだって手を繋げばいいし、嫌なら離せばいい。そうじゃないと手を繋げた時、嬉しくない」
     アマテの目の端から涙が一粒ぽろりと落ちる。
    「ありがとう……」
     アマテは彼の手を取った。
     シュウジはアマテの手を引き、コクピットから引っ張り上げた。
    「また繋げたね」
    「うん……」
     手を離すのが惜しくて、数分が経った。
     アマテが気恥ずかしさから手を緩める。子供みたいに強く握ってしまった、と誤魔化すように頭を掻く。
    「……」
     シュウジも手を引いた。
    「マチュは謝るために僕に会いたかった?」
    「ドタバタで挨拶もできなかったから……。今はスッキリしたよ」
     シュウジは不服そうな半眼でアマテを見た。
    「ねえ、これからどうするの? ジークアクスと私、会えたけど」
    「絵を描くよ」
    「見せて。イズマコロニーにあるやつしか知らないの。寂しいよ。今も描いているのにさ」
     不機嫌そうな顔から一転、シュウジの顔色が明るくなった。
    「いいよ。しばらくこのコロニーにいるから。探して」
     教えてはくれないんだな。アマテは口に出さなかった。シュウジが定期的にどこかに連絡していたら面倒な勢力にキャッチされる可能性もあるし、多くは言うまい。
    「私、今このコロニーで部屋借りてるんだ。バイクで30分ぐらい行ったとこに住んでるよ」
     ふーん。関心があるのかないのか定かでない生返事が返ってくる。
    「シュウジはどこに住んでるの?」
    「そこらへん。マチュを探してよく移動してた」
    「ずっと?」
     シュウジは頷く。
     アマテはときめくよりもまず戦慄した。こういう世界観で生きているのがシュウジという人間だ。アマテもそれは承知している。それはそれとして彼の途方もない意志の強さに恐怖を感じる20歳のアマテだった。
    「連絡先、交換しとけばよかったね……」
     しみじみと呟くアマテだが、シュウジはピンと来てないのか首を傾げた。
    「会えたよ?」
    「それに3年かかってるんだけど……。シュウジはOKなの?」
    「マチュを探すの、楽しかった」
     シュウジは屈託なく笑った。
    「そ、そっか……」
     ファストな連絡手段に慣れたアマテには理解し難い価値観である。
    「考える時間も欲しかったしね」
    「何を?」
     シュウジは再び半眼でアマテを睨む。
    「……」
    「え、なになに?」
    「別に。ね、コンチ」
     頭上のコンチはサングラスをかけて変わった帽子に擬態した。
    「何か言いたいことがあるの?」
     低い身長を生かして、アマテは下からシュウジの顔を覗き込む。シュウジは難しい顔をしていた。
    「マチュに会いたかったのは、ジークアクスだけじゃない。僕もだ」
    「へ」
     予想外の答えにアマテは硬直した。
    「もう、同じものを見れないし、戦いに出る人じゃなくなった。マヴじゃない。でも、マチュと手を繋げた。これって、なに?」
    「コレッテナニ?」
     オウム返しするアマテ。
    「今の僕とマチュは、なに?」
     瘡蓋が綺麗に取れたあとに、もう一度熱湯をぶちまけられたみたいな衝撃がアマテを襲う。
     アマテは、シュウジが好きだった。激突してきた隕石みたいな初恋。しかし、3年の忙しい月日は初恋を過去のものにした。
    「なにって、友達でしょ? 違うの?」
     アマテは脳内で、シュウジの言葉に恋愛の文脈を見出そうとしている自分にボディブローを食らわせた。思わせぶりな言動で散々振り回された3年前のあれこれを再演するなど嫌だった。大人になったのだ。乙女のような恋なんてできるか。
    「トモダチじゃない。コンチやニャアンにこんな気持ちにならない」
    「どぁ……!?」
     アマテのパニックは頂点に達した。
     シュウジ・イトウには恋愛回路は存在しない。一番彼と親密なのは赤いガンダム(次点でコンチ)だから、とアマテは己の恋の炎を吹き消した。
    「マチュならわかる?」
     シュウジが一歩、アマテに近寄る。
     アマテはハッとした。
     ここは外界から隔絶した地下空間。シュウジが隠れ家に選んだということは、誰もが忘れ去ったデットスペースに違いない。
     そんな場所で若い男女が2人きり。
     顔を赤くしたり青くしたり、アマテはじりじり後退った。シュウジは迷いなく距離を詰めてくる。
     なお、2人が今いるのはジークアクスの胴体の上である。
     滑らかな曲線を描く装甲に、アマテが足を引っ掛けた。
    「あ」
     スローモーションで傾ぐ視界。平衡感覚の喪失。パニックが恐怖に切り替わる。
     斜めになるアマテの体。
     アマテは衝撃に備えて目を閉じた。
     鉄っぽい匂い。ツンと鼻の奥に刺さる香り。
    「あぶない」
     叱責を含む穏やかな声がすぐそばで聞こえる。
     アマテはいつまで経っても来ない衝撃を不思議に思って、恐る恐る目を開いた。
     シュウジがアマテの腰を抱いていた。ぎりぎりのバランスでなんとか落下を防いだようだ。
     シュウジは呆れた顔で腕の中のアマテを横抱きにする。重さを感じさせない軽やかさで、ジークアクスの胴体部分をするすると降っていき、アマテを床に下ろす。
    「どう?」
     なんて事ない顔のまま、シュウジは話の続きをせがむ。アマテは正気に戻ったのか、手をバタバタさせた。
    「シュウジの気持ちなんて、私にわかるわけないじゃん……。久しぶりに会ったのを抜きにしても、シュウジって何考えてるかわからないことの方が多いのに」
    「バトルしてるときはわかってた」
    「その場だけのやつだよ」
     むっとして、シュウジは眉を吊り上げた。
    「でも、僕の全部を見た。それはマチュだけだ」
    「誤解を生みそうな発言をするな!」
    「意味がわからない……」
    「こっちもだから。もう、もー……やめてよ」
     マチュは両手で赤い顔を覆った。
    「私たち、良い年だよ? 間違いが起こったらどうするの? 洒落じゃ済まないよ」
    「……」
     指の間から、アマテはシュウジの顔を盗み見た。その顔は真剣そのものだ。
     アマテは重い右ストレートを貰ったような唸り声をあげる。
     望みがないから諦めたのに、シュウジはアマテとの繋がりを求めているという。アマテはここではっきりさせておきたかった。
    「……ねえ、それは恋なの?」
     アマテは悩ましげに問うた。
    「私に会いたいって言ったでしょ。3年かけても屁じゃないって感じで、楽しかったって言った。トモダチじゃない。関係をはっきりさせたい。それって恋? 私のことが好きだから、そんなこと言うの?」
     シュウジはしばし目を伏せた。手袋のはまった手のひらで顎を撫でる。
    「マチュは好きだ……。そう聞こえたなら、恋だと思う」
     弱りきったアマテが、気まずそうに微笑む。
    「曖昧……」
    「今の言葉、間違った気がしない」
     シュウジの言葉には確信めいた響きがあった。
    「そうか……。シュウジは勘がいいから」
     シュウジは超のつく感覚派だ(アマテも人のことを言えない)。彼のセンスをアマテは信頼している。
    「じゃ、信じる。……で?」
    「でって?」
    「私をどうするの?」
     2人は首を傾げあった。奇妙な光景だ。大の大人が、地べたに座って顔を見合わせている。
    「どうとも。マチュの好きにして」
     恋じゃないかもな……とアマテは思ったが口に出さなかった。
    「いや……絵を見て。描くから。ずっと」
     青年は壁を指差す。示すのは当然、グラフティで埋め尽くされた壁面だ。
    「今でも見る?」
    「見てる。シュウジの絵の写真、部屋に飾ってあるよ」
     アマテの言葉を聞いたシュウジは、すぐに立ち上がって地下空間の隅の掘立て小屋から、大きいバッグを取ってきた。中身は多種多様なカラースプレー。
     ガチャガチャ音を立てながら、シュウジはアマテを見下ろした。
    「マチュ。一緒に来る?」
    「新作描くの?」
    「うん」
    「行く。行かせて」
     すたすたと歩くシュウジの隣まで、アマテは走っていった。
     蟠りは去った。2人の横顔は晴れやかだ。
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