花冠の節レトユリ プロット供養 蒼√べ「どうだ?」
白い婚礼衣装に身を包んだベレトは着付け係の侍女に訊く。
侍女「とてもお似合いです、動きにくいところはございませんか?」
ベ「ああ、ぴったりだよ」
ベレトは軽く腕を回して袖の動きを確認し、満足そうに答えた。
衣装は簡素な意匠ながらも最高級の純白の絹で仕立てられ、上衣には白い絹糸でユリをモチーフにした細かな文様が全面に刺繍してある。背中から垂らされた床まで引き摺るマントは白いジョーゼットで、透けた生地に金糸で刺繍された小さな星がそこかしこに散りばめられている。それは薄暗い大聖堂でも僅かな光を拾って夜空の星のように輝くよう設計されたものであるらしい。
侍女「先生、頭に花冠を載せますから少し屈んで下さいますか?…あぁ、私ったらつい癖で先生と呼んでしまいますわ」
侍女が恐縮するとベレトは微笑む。
べ「ふふ、いいよ先生で」
侍女「そうはいきませんよ、ケジメは大事です」
ユ「そうだぞ、でけぇ組織じゃ重要な事だ…まぁ慣れろ」
侍女達に混じって横からベレトの晴れ姿を眺めていたユーリスが口を挟む。彼は一足先に婚礼衣装の着付けを終えていた。その立ち姿は美しくベレトとは異なりどこか礼装に着慣れている雰囲気だった。手入れの行き届いた薄紫色の髪は綺麗な髪留めで束ねて純白の衣装の肩口に垂れており、頭上にはユリやカスミソウがあしらわれたベレトと揃いの花冠が載っている。
ベ「とても似合ってるよ」
ベレトが目を細めて褒めるとユーリスは
ユ「当たり前だろ?あんたも最高にいい男だぜ」
と不敵な笑みを浮かべる。ベレトはユーリスにお墨付きをもらいほんのりと頬を紅くした。ユーリスは(この表情を初めて見たのは女神の塔で想いを伝えた時だったな…)とつい先日の出来事を懐かしげに思い出し、ベレトへの愛おしさを募らせた。
着付けが終わり侍女達は控えの間から退室した。あとは挙式を執り行う大聖堂の準備が整い次第フレンが迎えに来るはずだ。式では新郎2人の後見人兼補佐役となってくれるセテスが、祝福の聖句を読み上げてくれる手筈になっている。
今日行う挙式は教団が執り行う公式の婚儀とは別に設けられたものだ。かつての仲間や近親者のみを集めたこぢんまりとしたもので、作法は一般の平民が行う婚儀と同じものだ。それを発案したのはベレトだった。
ユ「…しかし、本当に俺と同じ衣装でよかったのか?仮にも大司教になるんだし、もっと箔がつく衣装を着た方がいいんじゃねぇの?」
2人きりになった控えの間でユーリスは解せない、という顔でベレトに訊ねる。
ベ「もちろん教団の挙式では派手な衣装を着るさ。でもその前に大司教としてではなく、ただのベレトとして君と結ばれたい…だから君と同じがいいんだ」
ユーリスは面食らった様子で頬をみるみる赤くしたが、すぐ後に戸惑ったような笑みを浮かべる。
ユ「…そうかよ」
ベ「…浮かない顔だ」
ユ「あ、いや…悪い…こんな時に」
歯切れが悪く、いつものユーリスらしくない。
ユ「あんたが素のベレトとして俺と誓いを立ててくれようとしてるのに、俺ときたら…さ」
ベレトはすぐに察した。
式で読み上げられる彼の名は「ユーリス=ルクレール」だからだ。
ユ「式には母さんも来る…女神様の御前で嘘の名で誓いを立てる息子を見たらがっかりするだろうな…自分が一生懸命考えてつけた名前も蔑ろにされて…」
母親思いの伴侶の自嘲は尤もだった。夢のためとはいえ偽名で周囲を欺き続けたユーリスの自業自得で、それは彼自身が十分自覚しているだろうから。
ベ「嘘の名で誓いを立てたとしても、女神は全て見通して受け入れてくれるさ。ただ…お義母さんがどう思うかは…。きっとわかってくれる、そう願うしかない」
ベレトはユーリスにかける上手い言葉が見つからなかった。解決のための助言は今は逆効果だろう。しかし、翳った顔を前にして何か言わずにはいられなかった。
ベ「もし、お義母さんが悲しんだり怒ったりしたら、自分も一緒に謝るよ」
こういう時はユーリスと同じ立場に立ってやることしかできないし、彼もきっとそれを求めていると思った。ベレトが悪戯っぽく笑うと、ユーリスはやっと表情を綻ばせ綺麗に笑ってみせた。
ユ「…大司教様が一緒なら心強いよ、ありがとな」
ベ「ちなみに自分は問題ない。『 』もユーリスも大切な人だから…どちらとも結婚するつもりでいる」
ユ「ははっ…あんたはそういう奴だよな…」
ベレトは大真面目のつもりだったがユーリスにはどこか冗談めいて聞こえたようだ。ベレトの言葉は本気だとわかっているけれど、たまに本気か冗談かわからない時があるからだ。でもベレトが冗談を言う時は決まって相手を笑顔にしたい時だから、冗談だったとしても嬉しかった。
ユ「はー、これからフォドラ中の人間に偽名をばらまくのか…聖職者どころか大悪党の所業だな」
ベ「それも君らしいじゃないか。君の名前は自分とお義母さん、そして女神しか知らない教団の機密、ということだ」
ユ「機密、か…そうだな、そういうのも悪くねぇ…俄然面白くなってきたぜ」
ユーリスが悪辣な笑みを浮かべると、ベレトは安堵してユーリスの肩を抱き寄せた。ユーリスはその腕の暖かさに目を閉じる。
ユ「あんたに出逢えてよかった」
ユーリスは紅をひいた美しい唇を恭しくベレトの唇に寄せ、二人は世界中の誰より近くで幸せに笑った。
扉の向こうからパタパタと軽やかな案内人の足音が近づいてくる。彼女が扉を開けた時、両人の唇が同じ色をしている事に気付いて赤面するのはあと数秒後の話だ。