ピアスの話①母さんが電話をしていた。泣いていた。
涙は出ていなかったが。
ソーちゃんは泳いで別の島で暮らしているのだとばあちゃんが言った。
心臓が強く跳ね、その日は眠れなかった。
◇
バスケ雑誌を開くと、ページの間から髪の毛が足もとに落ちた。
ツンとまっすぐな短い毛。人差し指と親指でつまみ、手の甲をつついてみる。
ソーちゃんの頭を触ったときの感覚がした。
あ そうだ
自分の部屋へ戻り、小学校の頃に使っていた名札を引っ張り出す。
安全ピンを外し、捻じ曲げた針の先を左の耳たぶに置いた。
いつかの縁日で買ったピアス。
大人になったら付けようと、隠れて買ったピアス。
俺たちは特別なんだ。
けれど宮城ソータはもういない。
少なくともここには。
宮城ソータはもういない。
宮城ソータはいない。
宮城ソータは。
ソーちゃん。
脳裏が白くはじけ、針が俺の中を通っていくのが分かる。
頭は別の世界にいるようだった。
ここならソーちゃんがいるかもしれない。
ここにはいなくても、ここになら。
開いた穴にピアスの針を通してふたをする。
ふたをしても血は止まらなかったが、閉じ込めた。
俺たちは特別なんだ。
顔を左に向けてみる。血が左腕を伝ってぼたぼたと床に落ちた。
◇
「宮城」
名前を呼ばれて木の天井が目に入る。
「三井サン?どうしたんスか」
「お前大丈夫かよ。汗すげーぞ」
「え?・・・うわ」
体を起こして顔を拭う。どこもかしこも濡れていた。
三井サンが右手の人差し指を口にあて、左手の親指は部屋の出口へ向ける。
花道たちが寝静まる部屋を後にした。
自動販売機にあるポカリスエットのボタンを三井サンが押す。
出てきたものを手渡された。
「おごりっスか。先輩やさしーな」
「3倍にして返せよ」
「ですよねぇ」
続けてなにかのボタンを押し、出てきたものを飲んでいた。
「聞きたいっスか?」
「言いてーなら聞くけど、俺にアドバイス的なのは期待すんなよ」
「普段は土足でずかずか入ってくるくせに」
「なんか言ったかこの野郎」
自動販売機からウーという音が出る。
ポカリスエットはうまい。
「ねえ、知ってます?ピアス開けるときってむちゃくちゃ血が出るんですよ」
「うぇ、俺ぜってー開けらんねえ」
「やるなら開けてあげますよ」
「右耳に開けて、お前と左右合わせるか!」
「げっ、やですよ。気持ちわりー」
三井サンが笑う。
「気を抜くと膿むし、ほっとくと穴が閉じちまうから、こー見えて結構大変で」
「ならもう閉じちまえよ」
「閉じたらいいんスけどね」
変なことを言ったつもりはなかった。
けれど閉じると言ったそばから、まるで閉じないような言い方はどう考えてもおかしい。
「あの、違います。言葉のあやで。すんません」
自動販売機の光が眩しい。ウーという音があたりに響く。
何をこんなに動揺してるんだろう。
「あ」
三井サンの指がピアスのついた耳たぶに触れる。
「穴みして」
聞きなれない言葉で妙な気分になる。
ピアスキャッチを外し、針を抜いた。
「お~。あいてら」
俺の耳たぶをぷにぷにと触り、親指の爪で穴を軽くほじくられる。
穴を閉じるように親指と人差し指で挟まれた。
「閉じろ~閉じろゴマ」
「はー?俺のピアスホールに宝を隠さないでくださいよ」
挟んだまま、もにもにと揉まれる。
そーいやあのときもこんな顔してた。
「ほんと物好きっスね」
「あ?なんて?」
「耳詰まってます?開けぇ~ゴマッ」
三井サンの両耳を外側に軽く引っ張る。
自動販売機の光が反射した三井サンの顔は、笑ったまま眉間にしわが寄った。
「てめえ、勝手に開けんな」
「オープンセサミ~。うーわ、なーんも入ってねー」
「んだとコラ!」
耳を引っ張り合ってるうちに、二人してソファへ倒れこんだ。
◇
うなされていると思えば、素知らぬ顔で平然とポカリを飲んでいる。
今はソファの上で糸が切れたように寝ていた。
「おい、宮城。宮城?」
頬を軽く叩くが起きない。このまま放って風邪でもひかれたら困る。
机の上にあるピアスをポッケに入れ、宮城を両脇から抱え上げた。
自分より小さいから余裕だと思っていたが、案外ふらつく自分が情けない。
宮城は耳元で寝息を立てている。人の気も知らねーで。
あー。誰か起きてこねーかな。赤木とか赤木とか赤木とか。
考えているうちに、気づけば布団に着いていた。
寝ている間にピアスを戻すか考えたが、最中に動かれて大惨事になる未来が頭をよぎり、そのまま寝ることにした。
◇
「宮城」
洗面台に向かう途中で背後から声をかけられる。
振り向くと、三井サンが俺のピアスを差し出す。そういえば外したんだったな。
「あ・・・。もしかして俺のこと布団まで運んでくれました?」
「まあな」
「すんません」
「3倍にして返せよ」
金はともかく、運ぶのはどう3倍にすんだよ。
ピアスを受け取ろうとして、なんとなくやめた。
「ん」
「あ?」
かわりに左耳を突き出す。
「三井サンが隠し持ってたんだから、ん」
「お前な・・・昨日俺がどんだけ頑張ったか・・・」
「無くしたんじゃないかと思って焦ったんスよね」
前に自分がしたことをまだ気にしているのか、案外ゴネると折れてくれる。
三井サンはしぶしぶという顔でピアスキャッチを外した。
「痛かったら言えよ」
俺はあんたの彼女かよ。
ピアスの針がゆっくり耳たぶの穴に通り、ふたをされる。
「ふー・・・。さぶいぼがやべぇ。これでいいのかよ」
「あー、だいじょぶそう」
「やっぱこっちのがお前っぽいな」
「ん」
しまった。
「あ?んだよ。言いたいことがあるなら言え」
「なんでもねーです」
「おめーの眉毛が言いたげなんだよ!」
「なんでもねーって。しつけーな、あんたはどんだけ俺の眉毛が好きなんだよ!」
「あーあ!あのまま放っときゃよかったぜ!」
ぶつくさ独り言を言いながら、足を大げさに動かす三井サンが前を歩いていく。
なんでもない顔でピアスキャッチを強く押し込んだ。