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    いっか

    成人済み腐あり
    ドラク工10うちよそかきたい民
    今は軽率にエル主♀する
    支部(まとめ用本家)https://www.pixiv.net/users/684728
    くる(引越し先) https://crepu.net/user/ikkadq1o

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    いっか

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    かきかけはやっぱりこっちに置くのが気楽なので置かせておいてね
    ドラクエ10、エル主♀

    前半はここにまとめました(垢なくても読めると思う)
    https://crepu.net/post/5458284

    見上げれば星は同じ (天超え1話)この頃、なんだか空気がピリピリとしていて気持ちが悪い。
    勇者であるアンルシアの、魔族がアストルティアにやってきたのをはっきりと感じ取れるほどの敏感さはないが、今いる大陸全体の雰囲気が変わったことくらいはわかる。
    聖者たちの助けを借りて修行するうちに、普通の人よりも常軌を逸する程度には感覚が鋭敏になったためだ。

    そんな折に、日頃の習慣で、冒険者チームの新しい依頼や、魔物討伐依頼の募集が来ていないかを確かめに、グレン城下町の下層を歩いていた。
    そうして、今までは開いていなかったと思っていた西口の側にある井戸の蓋が開いていることに目がいく。

    井戸というのは、実は意外と厄介なものだ。
    逃げ場を求めた末の凶暴な者が潜んでいたり、冒険者相手に腕試しにと暴れ回る者もいる。
    敵意のない魔物が住んでいたり、誰かの置き土産のような宝箱が置いてあったりもする。
    また、異空間と繋がっている場合もあるので、生活用水として使用する以外の井戸はどうしても気になる。

    よっと気合の入れた掛け声と共に、鶴瓶の縄を掴みながら身を滑らせ、井戸の底をゆっくり目指す。
    下り始める前に、腰元に下げたブーメランの所在を左手で確認してから、両手を交互に動かして慎重に中を探る。
    それほど深くはないのか、思っていたよりも中は明るくて、その底でフニフニと蠢く丸いものがわかって、目を凝らした。
    薄暗さに慣れてきた目が視界に捉えたものは。

    「……ビッグハッ……いや、トンブレロ?」

    ありていに言ってしまえば完全に豚だが。
    どことなくカラーリングが普通のトンブレロとは違い、何かを彷彿とする微妙な色合いだ。
    魔物にも言葉が交わせるタイプとそうでないタイプがいるが、と、恐る恐る話しかければ、まあ会話はできた。

    できたどころか非常に偉そうで図々しい豚、改め、ルンルンと名乗る豚に、人の子呼ばわりされた上に非常に面倒なお使いを頼んでやってもいいって言われた。
    なんとなく嫌な感じがして、あまり受けたくない依頼だったが、放ってもおけないような気がして、渋々依頼を受ける。
    スイの塔の最上階、天ツ風の間で魔物を討伐し、秘宝を取ってきてほしい、らしい。
    はあ、と曖昧に頷いて、また縄を登って外に出た。

    スイの塔の最上階など嫌な予感しかしないじゃないか。
    そもそも、あの部屋は、怪獣プスゴンのマイスイートルームになってしまっているのだが。
    秘宝と言ってもそれがプスゴンのお気に入りだったりしたら、また一悶着あるに違いない。
    いうて、プスゴンと話し合いで解決したことなんか一度もないけど。

    スイゼン湿原にはたまに行くけど、スイの塔を登るのは久しぶりになる。
    魔物の討伐がメインなので、何かあったら一人では心もとない、と、すぐ側にあるグレン城下町の酒場を経由して、馴染みの冒険者に連絡を取った。
    一時期、スイの塔に籠っていたと話していたことのある冒険者で、プスゴンについても知っていたはず。
    しばしの間、酒場でまだ取っていなかった朝食を取りながら連絡を待っていると、ちょうど食べ終わる頃に返事をもらう。
    了承の意を得たところで、待ち合わせ場所のアズランに行くために重い腰を上げた。

    アズランの駅を出て、辺りをキョロキョロと見回してから、行儀悪くもまちかど掲示板の脇の段差を飛び降りて、町の入口に向かう。
    依頼した冒険者がこちらに気付いたので、小さく手を上げて駆け寄った。

    「急だったのに、ありがとう。」
    「いやいや。エルトナ大陸は久しぶりだから、楽しみ。」

    前報酬に幾らかの金貨を押し付けたら素直に受け取るものの、替わりに精霊の意匠が象られた貴重な魔力回復薬の瓶を何本も押し付けられた。
    む、と口を尖らせて睨みつけても、ウェディと呼ばれる種族の男は、何にも考えてない顔で笑って誤魔化し、さっさと入り口の門をくぐって外に歩いていく。
    ウェディってこういうところが良くない、と内心でひとりごちて、ため息をつきながら追う。
    この優男に相方がいるって知らない女性には絶対にやらないでほしい、と、階段を降りていく背中をそれなりに蹴った。
    そんな自分の扱いにすら面白がって笑っている。
    ちなみに、その相方は残念ながら連絡がつかなかったので、致し方なく二人旅だ。

    水草が鬱蒼と茂る湿原は蒸し暑い。
    時折浮かぶ汗を拭いながら、湿った風に髪を揺らしていた。
    ウェディの操る車型のドルボードに同乗しながら、高くそびえる塔を見遣る。
    確かに、最上階の方から濃い魔の臭いが下りてきていた。
    降りしきる魔瘴に当てられたのか、塔の周辺の魔物は好戦的で、興奮している。

    「なんだか、いつもと様子が違うね?」
    「……そうね。何か、嫌な雰囲気。」

    大きくて重い扉を抜けて塔の中に入ると、より一層怪しい雰囲気が増す。
    地下神殿を含めて何度か来ている場所でも、いつも以上に怖気を感じた。

    さすがに何度も来ていたと言うだけあって、一度も道を間違えずにスムーズに最上階に辿り着く。
    ドルボードから降りて、天ツ風の間の扉を見上げた。
    扉の奥から漂ってくる禍々しい気配に顔をしかめ、ドルボードを仕舞っていたウェディの男を振り返る。

    「ここまででいいよ。」
    「まさか!ひとりでなんて行かせないよ。」

    ウェディ特有の、屈託のないヘラリとした顔で微笑み、肩を竦めるけれど。
    目の奥に宿るのは確かに冒険者らしく、希望の光が宿っているのがわかる。
    そんな眼で見られたら、大概の女性は勘違いしそう。

    「目の前の君を見捨てたら、彼女に怒られるしね。」
    「そういうとこだよ、馬鹿。」

    ヴェリナード王国魔法戦士団みたいなことを言う。
    つくづく期待を裏切らない男だ、と、私は口端を引いて苦笑した。
    だからこそ、気兼ねなく声をかけられる、数少ない冒険者なのだけど。
    一緒に冒険したからって恋をするのもされるのも困る。
    呆れながら、扉をそっと開いた。

    そろりと足を踏み入れたスイートルームで、プスゴンは異常に苦しみ悶えている。
    原因がわからないものの、暴走を始めたプスゴンを、抑えるために力技で叩きのめす方向で動いた。
    戦士として、向かってくるプスゴンの動きを体を張って止めつつ体力を削るウェディに、私が補助特技を駆使しながら、体力の回復をサポートする。
    いくら魔力が強くなり暴走していたとしても、元の体はプスゴンのまま。
    一度どころか二度も戦ったことがあって、そうそう負けるとは思えない。
    そんな甘さが隙を作ったのか。

    「くらえぇえっ!!」
    「わあっ!?」

    プスゴンの放つ、見たことのない技に吹き飛ばされ、転げた身体が一気に鈍く重くなる。
    う、と眩暈のする頭を押さえながら、荒い息を何度も吐いては吸った。

    なんだ、今の攻撃。
    プスゴンがそんな技を持っているはずがない。
    地の底から湧き出すような魔瘴の霧がプスゴンの足元で渦巻き、一気に吹き出したように見えた。
    そんな、まさか、だってその技はまるで、あの。

    「分析はあと!!立て直せる!?」

    私にズンズン向かってくるプスゴンの身体をウェディが体当たりで吹っ飛ばし転がして、こちらを向いて叫んだ。
    ハッとして立ち上がり、武器と盾を構え直してきつと前を向いて頷く。

    もし、あの、忌まわしい記憶の中の、あの男と同じなのなら。

    「行けるか?」
    「大丈夫。勝つ。」

    二度、だ。
    あの男とは、二度、も、戦った。
    たとえ一度は、私の記憶に潜む恐怖の権化だったとしても。

    あの男に負けることだけは許さない。

    起き上がったプスゴンの進行を両手と斧で押さえているウェディの背に向かって叫ぶ。

    「伏せて!」
    「っ!」

    彼が伏せたのを確認する間もなく、手元にある二枚組のブーメランをスライドして分け、両手に構える。
    体全体を使って振りかぶった腕を正確にクロスして指を離した。
    どれだけ鍛えても細身の私は、筋力の優劣が直結する片手剣よりは、遠心力や速度、自然の力を借りて威力を増す武器の方が向いている。
    二枚刃が円を囲むようにプスゴンに迫る正面では、体を床に伏せた背ビレが揺れているのを見てホッとした。

    「グアッ!」

    胸の辺りを弾かれたプスゴンが後ろにひっくり返った。
    手に戻ってくるブーメランをキャッチして、それから、倒れたまま微動だにしないプスゴンにそろりと近づく。

    「……プスゴン、正気に戻った、かな?」
    「さあ?でも、正気に戻っても、面倒くさいことには変わりないよ。」

    ボソリと呟いた私の声に呼応するように、ウェディが床に座り込んだまま小さく笑って答える。
    でも、そう簡単には終わらせてくれないみたいだ。

    何かに突き動かされるように、傷だらけの身体をものともせずにプスゴンが起き出す。
    首に巻いたリボンの裂けた隙間から、真っ黒いキーエンブレムが覗いたのが見えた。
    再び暴れ出しそうなプスゴンを前に、ジリジリと下がったら男に肩を掴まれて下がり、その背に庇われる。

    「これ、キリなさそうだけど。一回、撤退しない?」
    「たぶん!あの、首の黒いキーエンブレムのせいだと思う!プスゴンもお宝って言ってるし……あれを奪えばいいんじゃないかな。」

    どうも分が悪い、と判断した二人で、プスゴンの攻撃を避けながら逃げ回った。
    もう相当体力は削れているはずなのだが、あの、黒い何かに憑かれているプスゴンは限界を越えてもなお動き続ける。
    いくら怪獣でも、これは可哀想だ。

    「やってみる!」
    「あッ!?おい、焦りすぎ!」

    すぐに踵を返して、プスゴンの懐に入り込もうと身を屈めて踏み切る。
    ウェディが彼女の背を掴もうとした手が空を切った。

    白い腹に足裏で思い切り蹴り付けて乗り上がり、高さを生む。
    膝を曲げたらもう少しでエンブレムに手が届く、というところで、頭の左から強い衝撃と共にプスゴンの手で払われ、壁に打ち付けられた。

    「ッゲホ……」
    「ッ!今いく!」

    ぼやと霞む視界の中で、正面の黄色い巨体とそれを包む黒い靄だけがどんどん大きくなるのが見える。
    かろうじて右手でぐいと目を擦れば、明るくなった背景と、黄色の怪獣の後方から重たい斧を放り出してウェディが駆けてくるのが見えて、戦士なのにそれはダメじゃん、と変に冷静なツッコミを内心で入れた。
    まあ、武器が刃物じゃないプスゴンなら、即死は免れるかな、と、息を大きく吐き出す。

    その時、部屋に響いたのは可愛らしい、でも少し不自然な低さを孕む甘え声。

    「やめてっ!プスゴンちゃん!!」

    唐突な声と共に現れた姿に、目を大きく開いた。
    その姿に見覚えも何も見覚えがありすぎて頭が痛い。
    言ったらいけないかもしれないが、どうか言わせてほしい。

    またお前か。

    ヴァルハラの戦士たちの戦乙女、否、フウラいわくのケキちゃんに良く似た緑っぽいナブナブ人形は、フリフリとお尻と手を振ってプスゴンを誘惑している。
    例に漏れず、可愛いものに目がないプスゴンの目はハートに輝いてスイートハニーに釘付けだ。
    何かに憑かれていても好みが変わらないのはさすがとしか言えない。
    しかも、ケキちゃんもどきもまんざらではなく、いちゃついている。
    そのお宝は私より大事なモノか、とか、乙女か、あ、乙女だった。

    帰っていいかな。

    そう思ったところで、呆然として見守る私たちの視界の端に現れた新たな人影に気付く。
    気付いた私たちが身構えたのも気にせず、プスゴンの脇にそっと回って、見も知らぬ青年はプスゴンの胸から黒いキーエンブレムをすっと取り外した。

    その途端に、禍々しい気配は潮が引いたように消えたことに驚く。
    正気を取り戻したらしいプスゴンは、どうやら青年が操っているらしいケキちゃんもどきを追いかけて、窓から飛び降りた。
    今度から窓は閉めておこうよ、この部屋。
    どうでもいいけど、カップルで追いかけっこする流れはちょっとよくわからないな、とか遠い目で思った。
    何はともあれ、追い出してくれてどうも。

    先ほどまでの緊張感は失せ、静かになった部屋で、私とウェディと青年と三人で窓の方を見つめる。
    でも、青年が見ていたのは窓の外でも、私たちは彼を見やるほかない。
    師の予言により人形を持ってきたという青年は、戦うばかりが解決方法じゃないと私を諭す。

    まあね、とは思うが、私は、戦うことと、探し物を見つけてあげること以外の解決方法をあまり知らない。
    それに、青年が取った、人形を操って気を逸らすなんて方法も、そう簡単にできることじゃない。
    技としてもそうだが、そもそも、恥も外聞もなく女性の真似をして自身と同じ男性の気を引こうと考える男がいるだろうか。
    少なくとも、私の隣で私を支える魚男にはできないと思う。
    同じ魚のヒューザとか絶対無理。
    できるとしたら、遊びハウスの面子くらいじゃないだろうか。
    とりあえず私は、あれはやらない。
    じゃあ、あれは、君しかできないことだろう、と。
    君しかできない方法で、助けてくれたんだ。

    なんだろう、何かが引っ掛かる。
    やっと両足で立ったところで、改めて青年を見遣った。
    日に透ける色素の薄い金の髪はひとつ後ろにまとめられ、大きな銀鼠色の瞳は私を見る度に優しく瞬いた。
    懐かしいような、うすら怖いような、変な気持ちになる。
    似ている、と言えるか。
    血縁者、なのか。
    あの一族の人間が他にもいるとは聞いていないが、フルッカやフィーフィの兄弟か。
    不意に脳裏に浮かぶ小さな丸い顔に、思わず一歩後ずさったら、ウェディの身体にぶつかった。

    今しがたプスゴンから奪い取ったものが何か、そうして、これからどうするべきか、ルンルンと名乗る怪しい豚には渡すべきじゃないことなどを、順を追って話していく青年。

    「……ねえ、君の知り合い?」

    話を聞きながらも、ウェディがこっそり耳打ちしてくるので、少し躊躇いながら首を小さく横に振った。
    ふむ、と頷いたようだが、それでもウェディは首を傾げて、彼を見ながら言葉を続けた。

    「でも、向こうは君を知っているみたいだ。」
    「……よくあることだよ。」
    「それもそうか。」

    知らないところで功績を知られ讃えられ、捏造され。
    人の口に上る勇者の盟友は、もはや別人となって相成っている。

    「……ということなんだけど……あー……ところで。」

    話を聞いていなかったわけではないが、口を慎まなかったことを咎められるかと肩を縮めて、目の前に立つ青年を見上げた。
    じっと見られて落ち着かず、きゅうと唇を結んで息を飲む。
    かと思えば、青年は目を逸らして、ウェディに向いたのがわかった。

    「……彼は、君の仲間なのか?」

    顔をしかめた私は何を問われたのか噛み砕けずに黙っていると、背後に立っていたウェディが急にああ、と楽しそうな声を上げながら私の両肩を両手でぎゅうと掴んで、心なしか引き寄せた。
    その声を聞いて、やばい、と目を細める。
    こういう楽しそうな声をしている時のウェディは、ろくなことを考えていないと知っている。
    なぜなら、ウェディというものたちは、歌と恋の種族であるからして。

    「僕にとっては、彼女は気の置けない冒険者仲間です。……今は、ですけど。」

    なんだ、その間。
    なんで溜めた。
    確かにそんなに頻繁には組んでないけど。

    訝しむように彼を振り返って見上げたら、視線に気付いた男は人好きのする甘い笑顔を向けてくる。
    いつもは私にはそんな営業用みたいな顔はしないくせに、何を考えてるのか。
    読んでも読めない顔に呆れかえって睨んでいると、ごほん、と咳払いが横から聞こえた。
    青年が気まずそうに頬を掻いて、ほんの一瞬だけ寂しそうな顔をした。

    「……そうか。とにかく、帰りも気をつけて。」
    「ええ、僕が責任持って彼女を送り届けるのでご心配なく。」

    ええ、四人乗りのドルボードでね。
    とは思っていても、余計なことは言わないに限ると口を噤んだ。

    それじゃ、と窓から出ていく青年の背を、いや、ここ六階なんですけど、と思いながらもすんなり見送る。
    改めて、部屋そのものにはこれといって目立って変わったところは無いことを確認した。
    秘宝とやらも、たぶん黒いキーエンブレムのことだったのだろうと納得して、脱出呪文を唱え、ウェディが呪文の光の渦に消えたのを目視し、私も光に飛び込む。

    「そういえば、さっきの態度、何?」
    「ん?何が?」
    「あの人に尋ねられた時、なんか変な言い方したよね?」

    帰り道の車中で、すっかり瘴気の消えた湿原の風に吹かれながら尋ねた相手は、隣で機嫌よく手元を操作している。
    ああ、と頷いたウェディは、くすくすと笑った。

    「いや、僕も、あんな初い時期があったなあって思って。つい意地悪しちゃった。」
    「……意味がわかんない。」
    「でも、否定しなかったよね?」
    「嘘ではなかったと思うし。」

    しれっと答えれば、わかってないなあ、と彼は、なおもおかしそうに笑った。
    何か変なこと言ったか、と眉を寄せても、自分で考えな、と教えてはくれなかった。

    ジュレットの町で出会ってから五年が経とうとしている昔馴染みの冒険者は、当時から少し年嵩で、すぐに兄ぶってくる。
    十五歳から二十歳に成長した私に対する態度は、あの頃からずっと変わらない。
    変わらないから、ありがたい。
    私が、女性として見られたいのはたった一人だけ。

    スイゼン湿原からそのままアズラン地方を抜けて、アズランの町へ帰ってきたところで、互いに手を振って別れた。


    ++


    どうやら着いたらしい現代のグレン城下町駅で呆然と辺りを見回す。
    完成しているばかりか、さして目新しい雰囲気はないが、停車場も売店も大勢の人で賑わっている。
    半ば夢心地のまま、駅の出口へと向かって階段を登っていく。
    外に出た様子は大きな変化もなくどこかホッとした。
    まずは、と駅の側にあった街角掲示板で情報を探すことにする。
    見てみると、エルトナ大陸のスイゼン湿原辺りの魔物が急に強くなったらしく、討伐依頼が多めに出されていた。
    それで思い出したのは、邪黒水晶を見つけた時のランドンフットの魔物たちの様子だ。
    それと同じで、封印が解けた闇のキーエンブレムの影響が出ているかもしれない。
    ヤクルから聞いていたエルトナ大陸での封印を確認してから、スイゼン湿原に行ってみようと目的地を定める。

    結局、封印の地には見つからず、持ち去られただろうキーエンブレムの行方を追って、破邪舟に乗ったままスイゼン湿原を探索した。
    高くそびえ立つスイの塔の上層部から揺れ動く闇の気配を一際強く感じて見上げれば、最上階の部屋の窓が広く開け放たれているのが見える。
    塔の中に入るよりもその方が早い、と一気に高度を上げた。

    窓の外から様子を窺うと、部屋の中では黄色いなにかが暴れていて、それと対峙するように誰か冒険者らしき人影が二つ、その黄色いなにかと戦っていた。
    咄嗟に破邪舟を降りて、物陰に身を隠し、さらに状況を観察する。
    落ち着いてから見てみれば、二つの影のうちの一人が、自分のよく知る人物だったことにはっとした。

    エルジュの方は彼女と出会ってから十年は経っていても、こちらではそれほど年月が経っていないのか、エルジュの友人たる勇者の盟友は姿も変わりないように思える。
    思えるのに、あの頃よりも、ずっと、綺麗に見えた。
    は、と思わず溢れたため息をそのまま飲み下す時には、自分が大人になったからか、と思い知る。
    彼女に対して友人以上の感情を抱いていたことは既にわかっていたが、そうして己が身体が彼女に何を求めていたのかまでがようやくわかって、自身に慄く。
    どうか彼女を救えるその時までは、と、潜めておきたいような劣情を、奥の奥で蓋をする。

    盟友その人と、それから同行者であろうウェディの戦士とで上手く連携を取りながら徐々に黄色い怪獣のような魔物を追い詰めた。
    このまま行けば彼らが闇のキーエンブレムを手にするだろうと胸を撫で下ろした時、それは起こった。

    「わあっ!?」

    彼女の甲高い悲鳴に、あ、と食い入るように戦況を見つめる。
    彼女とウェディとが揃ってプスゴンと呼ぶ魔物は、傷だらけの体を奮い起こして闇の力を放つ。
    何がきっかけなのか、それを見た途端に彼女が目の色を変えた。
    そこに浮かぶのは、恐怖か、それとも、怒りか。
    まさか我を忘れているのでは、とエルジュが危惧した通り、彼女の動きに焦りが見え始める。

    今からでも戦闘に助力するべきかとは迷うが、彼女が焦ってはいても、彼女の焦りを見越した上でウェディの戦士は上手く動いている。
    それを見て、ズキリと胸が痛んだ。
    この戦闘ひとつ見ていただけでも、彼女と彼は、長い付き合いだというのはよくわかった。
    内部の発熱のせいだけでもなく、僅かに上がる息を整えるのに俯き、深く息を吐き出した。

    エルジュが大人しく見守る中で、事態がさらに急変したのはプスゴンが一度倒れたのを様子見に近付いた盟友が思い切り払われてからだ。
    流石にまずいと思ったのか、ウェディも武器を放り出して駆け寄ろうとするのを見て、なにか、プスゴンの気を引ける物が無いかと焦って周りを探す。

    あの頃と違って、ただ、頼るしかなかった自分じゃない。
    でも、あの頃と同じ、ボクにしかできないことがあるはず。

    その時、視界に入ったのは、一枚の写真立てだ。
    そこに映った、笑顔のプスゴンと、そして、その手に大事そうに抱きしめられた、小さな桃色の人形。
    すぐさま荷物から、それとよく似た緑色の人形を取り出して、プスゴンが背にする部屋の真ん中に向かって思い切り放り投げる。

    「やめてっ!プスゴンちゃん!!」

    思い切りついでか甲高くひっくり返った自身の叫び声に、自分でもびっくりした。
    したけど、後には引けない。
    神経を配る操術も、一度失敗して人形が転んでしまったが、プスゴンはさほど気にしていないようでほっとした。
    大きなピンクのリボンが印象的だったから思わずちゃん付けで呼んだけど、そういえば一人称はオレだったな、とかどうでもいいことを一瞬考えた。
    上手くいくか、と祈る気持ちでドキドキと見守っていると、プスゴンが不機嫌そうにゆっくりと振り向く。
    そして、フォステイルに与えられた人形を見るなり、キラキラと目を輝かせてうっとりとした。

    どうやら無事、プスゴンの気は引けたようだと安心し、それから見よう見真似でプクリポの動きを人形に真似させる。
    自分から見たらプクリポの動きは可愛さというより、あざとさしか感じられないのだが、それがお好みなのならその方がいいだろう。
    プスゴンが人形をハニーと呼んだので、口上は過去のグレンで女性に流行っていた物語のヒロインのセリフをなぞる。
    もちろん、ひっくり返ったままの裏声で。
    何もかもが手探りではあるが、要はプスゴンから闇のキーエンブレムが回収できればいい。
    エルジュのことを警戒する盟友とウェディにも、今は静謐を促す。
    それで、なんとか気付かれぬうちに闇のキーエンブレムを取り去り、緑色の人形と共に窓から飛び出していったプスゴンを見送った。

    はて、窓から落っことした人形は、粗末にしたことになるのだろうか。
    いや、捨ててない、捨ててはいない、だって、プスゴンに託したのだから。



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