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    ハイウェイナイト×ロナードの探探、匂わせ丁寧にタイヤ×ハイウェイナイトがあります。永遠に書き上がらん

    これは序章「ノートンにそっくりな男がいる」

    ピット裏で数時間ぶりに吸う煙草に脳の奥を痺れさせているとコーヒーと雑誌を手に人間の相棒…マイクがそれはもう愉快そうな声で突飛なことを言い出すので思わず眉をしかめて間抜けな声を返してしまう。
    隣の席に肩を寄せるように座る彼が差し出した雑誌は普段自分たちが読む車やレース関係とは明らかに違う、随分と甘ったるく絢爛なデザインの表紙で、まるで一昔前の貴族の様な装いをした男女のイラストが使用されている。
    「観劇なんて嗜む教養があるとは知らなかったな」
    「弟が劇場に勤めていてね」
    雑誌を開きとある記事を指差す
    "Golden Rose"
    街に住んでいれば何度も目にする程大きな劇場だ、それ程の劇場に彼の弟が勤めていることに少しだけ驚いた。
    「キミの弟ってまだhigh schoolを卒業していないだろう」
    「この手の仕事は早い内から下積みが必要なんだってさ」
    成る程、下積みとは多少意味は変わるが確かに自分が車を弄り始めたのも彼の弟とそう歳が違わない頃からだ。
    彼が指差す記事には大ヒット演目"ラケシスのコイン"の続編となる作品を新たに発表するというもので、その主演となる男女のイラストが飾られている。
    「この演目で主演を張る男がキミとそっくりらしいとスポンサーの間でも噂になっていてね」
    「そっくりと言われても、こんなイラストじゃよくわからないよ」
    イラストに描かれる男はいかにもといった絢爛な燕尾服を身に付け愛し気に女に手を伸ばしている、このような衣装を自分と似た顔の男が着こなせるものなのか疑問だ。
    先日メンテナンス中にうっかりナットが弾け当たり切ってしまった鼻筋を絆創膏越しに撫でるとマイクもそう思ったのか笑い始めた。
    「少なくとも、こんな貴族然とした絢爛な衣装はノーティとは程遠い」
    「自分が一番わかっているさ」
    歳より幼く見える笑顔をひとしきり見せた後、彼はまるで内緒話をするように更にこちらへ身を寄せ耳打ちし始める。
    「実はスポンサーがその主演男優を交えてのディナーを申し込んできた、普段みたいに僕だけじゃダメだ、ノートンも必ず連れて来いってね」
    その言葉に思わず目を見開き眼前の彼を見つめる、自分達に付いているスポンサーは運送企業の他にも何人かいるがどこの物好きか
    「雑誌社のオーナーが居ただろう、あの爺さん、知り合いのお貴族様にその男を紹介されたらしくてね、出資をしてみないかと相談されたそうだ」
    「…つまりその判断と、余興の為に呼ばれた訳か?」
    「自分のお気に入りのレーサーと顔の似た男だ、並べて見てみたくなったんじゃないか?」
    「2人で行くと了承したの」
    「スポンサーの誘いだよ?断れる訳ないでしょ」
    心底愉快そうに話す彼にせめてもと嫌味を込めて舌打ちをしてみせ、すっかり短くなった煙草を灰皿に押し付け席を立った。


    金持ちとのディナーは堅苦しくて息が詰まる、まずドレスコードがあるのが苦手だ。
    滅多に着ないせいで全く肌に馴染まないスーツの擦れる音に溜息を吐きながら貸し切られたレストランの一角のテーブルを指で鳴らす。
    「ノーティがスポンサーやファンにご機嫌取りするのが苦手なのはわかるけどたまにはレース以外でもちゃんと働いてくれよ?」
    「わかってる」
    本当かなあ?と肩を竦めるマイクに対し、スポンサーが来るまで位は不機嫌にさせてくれよと子供じみた返事をしているとウェイターから彼等の到着を知らされる。
    席を一度立ち扉の方を見て待てば入ってきた男の内2人は見知ったスポンサーと付き人だ、1代で起業を大成させたことは尊敬に値するがギラギラとテカるこの老人の顔は未だに好きになれない、自分達への投資も己の出版社が情報を独占する為でありレースそのものへの愛などはカケラもないのだろう、それもこの男に対する不快感の理由だ。
    続いて目に入ったのは背の高い、左程人の造形に興味のない自分の目から見ても眉目秀麗な男だ、随分と若く見えるが落ち着いた雰囲気と髪の一部が白くなっているのもあってか歳が読み取れない、身に付けている物の良さやスポンサーの横に並んでいることから恐らくは彼が例の貴族であろう。
    「早くおいでロニー、彼等を待たせていたようだ」
    貴族が後ろを向き声をかけた先から少し遅れて赤毛の男がゆっくりと顔を覗かせた。
    その顔を見た時、きっと自分は酷く間抜けな顔になっていただろう、隣に立つマイクが「wow…!」と酷く楽しそうな声色で呟いたのが聞こえた。
    その男は確かに自分とよく似ていた、赤毛で自分よりやや細身ではあるが睫毛の長い切れ長の目にアーチ眉、鷲鼻で面長の、しかし自分より随分と小綺麗な印象を受けるのは役者という職業故か
    だがそれ以上に真っ先に目に飛び込んできたのは自分とよく似たパーツではなく、役者を名乗るのであればあってはならないだろうモノだった。

    「紹介に上がりました、ロナードと申します」

    柔和な笑みを浮かべるその顔には酷く焼け爛れた痕が這っている。




    頭が痛い
    脳髄をスパナで滅茶苦茶にされているような感覚に重たい瞼を上げると見知らぬ天井が目に入った。
    身を起こすと堅苦しい上等なスーツもシャツも纏っておらず、辛うじて下着は身に付けている状態だ。
    慌てて辺りを見渡すとそこは何処かの寝室のベッドの上のようだった、見慣れぬ鏡台の前の椅子に雑に放り投げられているスーツとポケットからはみ出る財布が見え、酔っ払って追い剥ぎにあったりタチの悪い娼婦に引っかかった等ではないことにとりあえずは安堵する。
    しかし自分の住まうホテルでも、人間の相棒の家でも無いということは一体誰の家なのか、昨夜の記憶を必死に手繰り寄せながらベッドから降りて寝室の扉を開ける。

    「…何でキミが」
    リビングらしき場所で赤毛の頭がテーブルに深く座り項垂れている。
    思わず漏れた言葉にゆっくりと顔を上げた彼は昨夜の記憶とは随分印象の違う、不機嫌を全面に出した表情で睨みつけ掠れた声を上げて一笑した。
    「レーサーってのは随分と朝が遅く不躾な生き物らしい、パンツ一枚で他人の家をよくうろつけるな」
    シャツ位羽織ってから出てきたらどうだ、吐き捨てるように言うとコーヒーの入ったカップを口に付けまるで酒でも煽るように一気に飲み干す。
    首元までしっかりとシャツのボタンを閉め身嗜みは整えられているのに気怠げでどこかじっとりとした空気を纏っている
    まるで、そうまるで性行為をしたばかりのような雰囲気を。
    そこまで考えて思わずこめかみを抑える、一体昨夜あれから何があったのか、何故こんなことになっているのか、情報を整理しようにも未だに頭はガンガンと音を立てて思考を阻害する。
    「…ごめん、ちょっと理解が追いつかない」
    自分が思ったよりも情け無い声が出た、その反応に男はまた鼻で笑ったのが聞こえたがそれは決して愉快な意味ではないことが解る。
    「とりあえず、服を着て来い」

    ディナーの間、兎に角顔が似ているという話でもちきりだったことは覚えている。
    スポンサーがいたく満足そうにしていた気がする、それに対してロナードと名乗る顔のよく似た男はニコニコと相槌を打っていた。
    「ただ似ているだけではないところが良い、ノートンくんのような端正な顔は火傷痕で歪んでしまったとしてもロナードくんのようにまた違った魅力を出している」
    「それは」
    「勿体のないお言葉ですMr.」
    あまりにもな言い分に思わず口を開きかけたところをロナードは弾んだ声と笑みで遮り、自分を一瞥する。
    その口元は常に弧を描き柔らかではあったが眼の奥底は冷え切っており、何も喋るな、と牽制をかけているように感じた。
    ディナーの後、確かマイクがロナードと同じ劇場に勤める弟の話を出したのだったか、それがきっかけで3人でbarに行ったのだ。
    そこではマイクがスポンサーの言葉に怒ったりしていたか、それに対してもロナードは苦笑いをしていた記憶がある。
    「正直、マイクの顔を見た時の方が驚いたよ、スズメによく似ていたから…」
    「まあこっちは兄弟だからね、でも知らなきゃ驚くか」
    そんな会話をしていたか、ロナードは時折こちらの顔をまじまじと見ては何事かを囁いて笑っていた気がする。
    その後解散となり自分の住むホテルと彼の家が同じ方向だからとマイクと別れ暫く彼と話をしていたはずだ。
    どんな話をしたのだったか、どうにも気まずく随分と飲んでしまったのだろうあまりにも朧気だ。

    "キミの顔が羨ましい"

    飛んだ記憶の先では両手で顔を包み込まれ、熱い息を吐きながら潤んだ瞳でそう鳴くロナードの姿があった。
    そこまで思い出して首を振ると目の前に座る男が深くため息を吐いた。
    スーツをおざなりに着直しリビングに戻った後、向かい合って座ってからどれほど時間が経ったか。

    ロナード曰く、端的に言ってしまえば「一夜の過ちが起きた」ということだ。
    同じスポンサーを今後抱える、しかも自分と同じ顔であることが気に入られたロナードとはこれからも度々顔をつき合わせることになるだろう、そんな相手と一夜とはいえ関係を持ってしまったというのはお互いに非常に頂けない。
    「一応聞くが、お前とマイクの間に恋情は」
    「無いよ、あ、いや、何度かヤッてはいる、けど」
    「…まあ、今更他人の倫理観に口出しする気は無いが、お前が誰かと一回寝ようが拗れる心配はいらないんだな」
    ならこの話は終わりだ、と大袈裟に手を上げて机を叩くと立ち上がり踵を返す。
    「忘れろ、私も忘れる」
    早く出て行け、言外にそう告げてロナードは些か乱暴に寝室に入り扉を閉めた。


    バタン、と玄関が閉まる音と共にシーツを剥ぎ取りゴミ袋に放り込む。
    何処の富豪だと自分でも思うが、他人の汗や精が染み込んだシーツは洗ったところで二度と使う気にはならない、それにどうせそろそろ買い替えようと思っていたものだ。
    今までだって酒を飲んだ後に興が乗り関係を持つことは何度かあった、だがそれは全て女性であり然るべき施設での行為であって自宅に、ましてや男にタダ乗りさせるなんて愚行を許したことは一度もなかったというのに。
    「何が楽しくて同じ顔の奴とセックスなんかしたのだか…」
    新しいシーツを敷き直し、音を立てて重たい身体を沈めるとまだ僅かに残る男の煙草臭に苛立ちが積る、換気をしてもこの手の匂いは暫く残ることを私は楽屋の様々な香水や化粧品が混ざった香りでいやという程に知っている。

    その男は有名なレーサーだとメロディは言った。
    車というものにさして関心のない私には解らない世界で有名な男はどうにも私と顔がそっくりらしく、メロディから出資者として斡旋された爺さんはぶくぶくと肥えた手で私の顔を撫で回し愉快そうに話していた。
    お気に入りの顔を並べて見たいという大層な趣味に付き合ってみれば成る程確かに男は私と随分よく似た顔をしていた、だがそれはあくまで顔の配置や形が似ているだけに過ぎない、当然といえば当然なのだが。
    顔を這いまわる痙攣った火傷痕を指でなぞりながら目を閉じる、どんな理由であれ後ろ立てがあのメロディしか居ない自分にとって出資者がつくのは良いことだ。

    あの男の顔を見た時にまず湧いた感情は怒りだった。
    金色の髪に青空のような瞳、鼻に間抜けな絆創膏を貼っているのは少々頂けないが見た目に頓着しない質なのだろう、着崩れたスーツに身を包み見るからに渋々この場に居るという空気を隠しもしない辺りよほど甘やかされているのか、それでも尚男の顔は美しいと思えた。
    まるで、出来損ないの鏡の中に自分が閉じ込められたと思う程に。

    「…耐えろロナード、後1年だ」

    開け放たれた窓からは初夏を思わせる青葉の匂いが排気ガスに紛れ入り込み、部屋の中の煙草の匂いと混じって溶けていった。



    ホテルの鍵を無くしたことに気付いたのはフロントマンに出合頭、部屋の使い方について苦言を呈されてからだ。
    車のパーツを持ち込んだり、メンテナンス後そのままの姿で出入りするのが悪かったらしい、これ以上部屋を油とシンナーの匂いのするガレージに変えるつもりならば退去してくれと随分腹に据えかねたような態度で言われてしまった。
    慌ててすぐに部品を撤去させると告げ部屋へ戻る為に通行証代わりとなる鍵を見せようとポケットを探り、空をかいた。
    財布や車のキー、くしゃくしゃになった小為替や煙草などを掘り起こすがどうにも見つからず、そこで険しかったフロントマンの顔がいよいよ気迫に迫るものとなる。
    「部屋の鍵を取り替えるのにどれ程手間と金がかかるかご存じか?そこいらの三流ホテルなら兎も角これ以上ウチの品質を下げられてはたまったものではない」
    そう告げられて荷物とまとめて放り出されたのが数時間前だ。

    「いい加減部屋を借りたらどうだい?金が無い訳じゃないだろ」
    スーツ姿でバックパックとボストンバックを担ぎ現れた僕にマイクは呆れたような顔で家へ迎え入れてくれたが「ウチは満室だからね」と釘をさされる、彼の弟が進学と同時に親元からマイクの住むこの街へ引っ越してきたことは以前から聞いていたのだが服を着替えるにも次の居住を探すにも場所が必要で、すぐに頼れるのは彼しかいないのだ。
    いつものシャツとGパンに着替えようやく堅苦しさから抜け出しテーブルに項垂れていると先のマイクのセリフが頭上から降ってきた。
    「どうせ1年ちょっとでまた離れるのに」
    「レースなら定住場所を作っても何処にだって参加出来るじゃないか」
    「1ヶ月以上住まない家に金を払いたく無いし家を持つと物が増えて次の引越しが面倒臭い」
    「壁やベッドに油を染み込ませて追い出されるみたいな情けないことになるよりずっとマシじゃない?」
    向かいに座り煙草の煙をこちらに吹きかけながらぶつけられる言葉は正論でしかない、唸りながら自分もくしゃくしゃの煙草を取り出し咥えどうしたものかと考える。

    実はこうしてホテルを追い出されるのは二度目になる、スポンサーに頼めば同質のホテルを取るのは容易いだろうが服やパーツ自体についた油とシンナーの匂いをどうにかできない以上また同じことになるのは明らかだ。
    かと言ってこれ以上ランクを下げればこのご時世盗難の心配が出てくる、自分の扱うパーツはどれもそれなりに値の張るものだ、最低でも施錠が確実な部屋と信頼を売っているホテルでなければならない。
    部屋を借りる以外であれば後は寄宿となるが以前まで頼っていたマイクが不可能だと条件はホテルと大差無い。

    「ノーティのことがだぁいすきなあのスポンサーに頼めば家具付きで良い部屋貸してくれそうだけどなあ」
    「そこまで頼んだら何要求されるかわからないだろ…」
    「確かに、なんなら自分の家に住まわせちゃいそうだ」
    茶化すように言うマイクを睨みため息を吐く。
    あの爺が自分のことをレースとは関係の無い、もっとどす黒い感情で見ていることは勘付いている。
    6フィート以上ある中年を目前にした大して小綺麗でもない男の何がそんなに良いのかはわからないが、リスク無しで利用出来るラインは見極めておかなければならない。
    あくまで自分はレーサーであり、レースでの結果を還元する以外でスポンサーに取り入るつもりは無いのだ。

    「ところで鍵は心あたり無いの?」
    「うーん…あるにはあるんだけどね」
    「どうせレストランかバーだろ、あの店なら客に盗まれてなけりゃ保管してくれてるだろうから行ってくれば?」
    「いや…」
    言ってよいものか少し悩み言い淀んでいると察したのか露骨に信じられないというように顔を歪ませまさかと詰め寄られる。
    マイクは無駄に勘がいい、そういうところが楽な時もあるが今回はただただ気まずい。
    「あの舞台俳優と何かしたのかい?」
    「何かっていうか……あんまり覚えてはいないんだけど、多分抱いた」
    「うわ、うわあ」
    身体を引き口元に手を当て最低じゃん、と呟く、手に持っていた煙草を灰皿に置く余裕があるあたりオーバーなリアクションもわざとらしさがあるのだが心底呆れているのはわかった。
    「覚えてないのがタチ悪いね」
    「自分でも何でそうなったのか…」
    「それで?どこのホテルに連れ込んだのさ」
    「ホテルじゃなくて彼の家」
    いよいよマイクは空いた口が塞がらないといった顔をする、それはそうだろう、僕と彼は昨夜会ったばかりでお互いのことすら満足に知らないような仲で、しかもお互いそれなりに名のある立場なのだ。
    そんな2人が初対面から酒の勢いかノーガードで自宅に招き入れそこで一晩まぐわっていた、などと言えばマイクのような反応にならない方が稀だろう、うら若き男女でも無知な立場でもないのだから尚更だ。
    「何?あの人そんなオープンな感じなの?警戒心が高そうな雰囲気出しておいて凄いな」
    「朝は視線の冷たさで射殺されるかと思ったけどね」
    「あー、酔うとヤバいタイプ?それにしてもだけど、スズメはいけすかないやつだって言ってたけどなあ」
    案外気が合った感じ?と短くなった煙草の最後の一吸いを肺に流し込みながら笑うマイクを睨みつけ、肘で机を叩き頭をかきむしる。
    このまま鍵が見つからなければ取り替え代金を支払うことになる、別に出せない金額ではないがこれからレースが始まるまでの一年間住む場所がまだ決まっていない状態で予想外の出費を出すのは気持ち的に避けたいことだ、スポンサーとの契約金はレースのことに使いたいしそれにどれだけ金がかかるかもわからない、この様なトラブルで頼るのはそれこそリスクを伴う。
    しかし自分と同じ顔をした男にまたあの蔑まれた目で見つめられるのとどちらがマシか、と考えると、レースとは関係の無いことにストレスリソースを割きたくない自分にとっては悲しいことに前者に軍杯が上がってしまった。
    「鍵は諦めるとして…何日までなら大丈夫だ?」
    「ん〜、ぶっちゃけ僕と同じベッドでキミが大丈夫なら生活費入れてくれたらいつまででもいいんだけどさ」
    えっちなことするよ?と、言うものだからそれは困るなと暫く思考する、今更マイクとセックスをすることに抵抗はないが若さも体力も彼には劣るのだ。
    「…なるべく早く部屋を見つける」



    その一件からロナードと再会したのは思いの外早かった。
    マシンのテスト走行を終えて帰宅の道中でマイクの弟であるスズメを拾いに劇場へ寄ることとなったのだ。
    いかにも富裕層しか寄り付かなさそうな絢爛な雰囲気を出す建物も裏通りからは多少馴染みのある空気をしている、マイクが顔馴染みらしきスタッフと言葉を交わしているのを眺めながら自分には縁遠い世界だなと天井のシャンデリアを見ながら考えていた。
    「今日はスーツじゃないのか」
    聞き覚えのある男の声に顔を下ろすと赤い燕尾服に身を包んだ彼がこちらへ向かって歩いてくるのが見え、思わずギョッとする、この劇場で主演を務めているのだから居て当然なのだがまさか向こうから来るとは思ってもみなかったのだ。
    ロナードはスタッフから事情を聞くと肩をすくめてみせ、仮面を付けた顔をこちらに向けマイクと自分を交互に見る。
    「スズメならまだ暫く時間がかかる、この場は人目につくから私の楽屋で待つと良い」
    「良いのかい?」
    意外な申し出にマイクが驚きの声をあげる、てっきり時間がかかるのであれば外で待っていろと追い払われるものだと思っていたところに一体どのような意図なのだろうか。
    「ウチにはドレスコードがある、作業着のような男2人に劇場の中でも周辺でも長々とうろつかれるのは困るんでね」

    そうして案内された彼専用の楽屋はまるで貴族の一室のような絢爛さで、シャワールームから区切りこそ無いがベッドや簡易的なキッチンまで配置されておりこの部屋だけで充分に生活出来る程に設備が充実している。
    「これでも、主演女優の楽屋よりは粗末なものでね」と茶葉を選びながら苦笑の声を返す彼の衣装も相まって自身が今まで触れたことのない煌びやかな世界に視界と脳が若干の眩暈を起こした。
    細やかな装飾のされたソファに腰を下ろし辺りを見渡すマイクとは対照的に視線の置き場に困りテーブルを眺めているとそこにティーカップが滑り込んでくる、甘い柑橘系の香りのするそれを口に運べば匂いとは違い少しの酸味と紅茶特有の苦味が舌を刺激した。
    「僕は演劇のことはからきしだからびっくりしたよ、煌びやかなのは表舞台だけかと思っていたけど楽屋まで拘ってるもんなんだね」
    「ここの劇場が特別拘っているのさ、役を身に染み込ませる為に稽古期間から住まわせることもあるんだ」
    「確かに、この部屋だけでも生活出来そうだ」
    とりとめの無い雑談をしている2人を横目に早くスズメが戻ってくることを時計を見つめながら心底願った。

    そうして暫く無為な会話を聞き流しているとカツン、と自分の目の前にロナードが何かを差し出してきた。
    視線を向けるとそれは見慣れた、とうに諦めていたホテルの鍵で驚いて思わずロナードの顔を見る、彼は初めて会った日同様に笑みを浮かべている。
    「今まで返す手段がなくて悪かったね、困っただろう」
    「あ、いや、ありがとう、持っていてくれたのか」
    とうに弁償金は払ってしまった後だがまだ取り替え工事に入っていなければ多少は交渉も出来るだろう、無駄な出費を取り替えせる可能性に素直に感謝をする。
    まさか彼があの出来事から今まで鍵を持っていてくれたとは思わなかった、更に今返してくれるとは隣のマイクも思わなかったのか意外そうな顔をして言葉を選んでいるようだった。
    「あの夜、帰り道で彼が落として行ったのを拾っていたんだよ、酷く酔っていたようだったから」
    「へえ、ノートンもうっかりしてるからなあ」
    「悪かったよ、手間をかけて」
    些か苦しいのではないか?と思いつつこれ以上話を広げればボロが出る、素直に謝ることにする、マイクも同様なのかそれ以上詮索せずさっさと次の話題を振ることにしたらしい。
    「ノートンってば鍵をなくしてホテルを追い出されてさ、次のホテルか寄宿を見つけるまでウチに居候中なんだよ」
    「へえ、それならもっと早く鍵を返せばよかったね、すまないノートン」
    「いや、僕が悪いんだしどの道追い出されてただろうから…」
    スズメはいつになったら仕事を終えるのだろうか、煙草が吸いたくなり無意識にポケットの中から取り出し口に咥えるがテーブル上に灰皿が無いことに気付き持て余してしまう。
    自分でも露骨な態度だとは思うがロナードは気にも留めていないらしく素知らぬ顔でカップを口に運んでいる、仮面をつけたままでは飲みにくいだろうに稽古が終わった今でも外そうとしないのが不思議だ。
    そうしていると唐突にマイクが思い付いたとでもいう様に明るい声で提案を上げる。
    「何処か良い物件ないかな?水回りと施錠が完備されてて信頼が出来て1年くらいこいつを住まわせられるところ、例えば」
    キミの家とか、と言う台詞と同時に思わず食んでいた煙草を噛み締めてマイクの顔を見る。
    「ちょっと」
    「僕の家だとスズメが居るから何かと気をつかうんだよね、ほらあいつまだガキだからさ、あまり遅くまで物音たててられないし」
    「それはまた…唐突なお願いだね」
    「今後同じスポンサーを持つよしみでさ、ちょっとオイル臭いけど悪いことする男じゃないし」
    「悪いことねえ…」
    もうした後であることをわかっていながら何を言い出すのか、犬猫を預けるようなノリで言われて眉間を押さえる、ロナードは目元を隠す仮面のせいか表情が上手く読み取れないが口元だけで決して笑っていないことだけはわかった。
    「キミはどうしたい?」
    「どうって…住める部屋を探しているのは事実だよ」
    「ふむ…」
    暫く何事かを考える素振りをした後、ロナードはまるで今日の夕食を決めるような声色で言った。
    「ゲストルームでよければ私の家を貸すことは構わないぞ」

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