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    banikuoishii

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    教師の豊前←高校生の松井

     猫がバイクのシートを特等席にしている光景というのは、なんとも微笑ましいものだと思う。毛がふわふわと風に揺れ、背中を丸めて気持ち良さそうに眠っていれば、持ち主でさえその席を譲る他ない。だがそれが人間、まして生徒となれば話は別だ。
     今時の高校生にしては珍しく襟元まできっちりとボタンを締めた松井が、そわそわと周りを窺いながらその特等席を占領している。そしてバイクの持ち主である俺を見つけると、色白の頬に紅みが差し、ぱっと表情が華やいだ。涼やかな双眸でアンニュイな美丈夫だが、眦が下がり唇が笑みを作ると、高校生らしくあどけない。
    「先生お疲れ様! ねぇまたバイク乗せて行ってよ」
     まだまだ日が長く、うだるような暑さが続くが、放課後ともなればいくらか心地良い風が吹く。木漏れ日の下で避暑を求める猫みたいに勝手にシートに座っていた松井が、ぶらぶらと脚を遊ばせながら片手で大きく手を振る。
     服装については比較的自由な校風であるので、松井は指定のタイの代わりに、細身のリボンを襟元に結っている。藍色に近い、碧がかったような青だ。
     スポーツよりは室内で読書することを好むからなのか、この時季でもさほど焼けていない肌によく映えていた。
     担任と陸上部顧問の仕事を終えようやく一息吐いた俺は、それをため息に変えた。

    「だーめだ。ちゃんと自分で帰れ。部活もやってねーのになんでこんなに遅ぇんだ」
    「委員会で遅くなったんだ。僕の家遠いんだから、先生も心配だろう?」
    「教頭に目ぇつけられてんだよ。特定の生徒を贔屓するなって」
     教頭の言うことも尤もだった。度々近所のスーパーで会うことがあり、家の方向が一緒だからと何度か軽い気持ちで送って行ってしまったが、校外に出ればプライベートも同然で、昨今そういうのはあまり心証よろしくないらしい。
    「今年に入ってから学年一位キープしているんだから、ちょっとくらい贔屓してくれたっていいだろう」
    「って、言われてもなー」
     確かに松井は人一倍勉強熱心で、授業の後には毎回職員室までわざわざ質問に来るくらいだった。
     比較的年齢層の高い教師陣の中で若い俺が物珍しいせいか、以前は休み時間になる度、女子が入れ代わり立ち代わり話しかけに来ていたものだった。しかし学年一位の松井が牽制になっているのか、少しずつそれも減ってきていた。まあ、指導する度に目に見えて成績を上げていく姿を見るのは教師冥利に尽きるし、特別面倒見てやりたい、という気持ちが全くないわけでもない。
    「じゃ、明日放課後、教材室な」
     松井の頭に手を置いて、ずい、と正面から顔を近付ける。晴天を映したみたいな瞳が三度、ぱちぱちぱち、と瞬きで隠された。
    「え」
     喉が乾燥して張り付いたみたいな、上擦った声だった。頬がほんのりと淡く染まり、明らかにしどろもどろに目を泳がせている。さっきまでの人を振り回すような押しの強さはどうした。
     想定していた反応とは違っていて、眉根を寄せ、更に松井の目を覗き込む。混じりけのない澄んだ色が木漏れ日を受けて、海の水面みたいに揺れる。
     青年らしく目立ってきた喉仏から、せんせい、と熱っぽい温度が滲んだ。つられてこちらも声を落として、内緒話みたいに耳打ちする。

    「そんなお前には“特別に”追加プリント10枚出しちゃる」
     ご褒美だとばかりにはっはー、と笑って、ぐいと鼻を摘んでやると、松井は石みたいに固まった。表情が目まぐるしく変わるのも思春期特有のものなのだろうか。一拍おいて、今度は頬から耳までぶわっと真っ赤に染まり上がる。
    「ん? どうした、顔赤ぇーぞ。まさか熱中症か?」
    「ち、違う!」
     鼻を摘んだ手を振り払われ、どしっと胸に強い衝撃が来た。中心めがけて松井の拳がクリーンヒットだ。線が細いといえど、男子高校生の力は侮れない。
    「いって! プリントは冗談だって、んな怒るなよ」
     うっと涙目で白旗を揚げ、詫びのつもりでくしゃくしゃと髪を崩す。だが松井は更に警戒心を剥き出しにして、いーっと犬歯を見せ抗議の顔を向けてくる。いつもならば追加の課題くらい、むしろ喜んで取りに来るのに、と首を捻った。
     ひとまず宥めてやろうと、気に入っている赤いヘルメットを松井の頭に深く被せる。松井は急に前が見えなくなったことに混乱し、え、え、と暗闇を藻掻くように見回した。
    「ホラ後ろ、乗ってけよ」
     きょろきょろとしたあと、ようやく状況が把握出来たのかヘルメットを僅かに上げる。ちらりと覗いた眉が困惑したようにハの字に下がっている。
    「具合悪くなられても困っからな。教頭に見つかんねーうちに早く乗れ」
    「いいの?」
    「さっさとしねーと置いてくぞ」
    「乗る、乗るから!」
     虹みたいに多彩な表情を生み出しながらきらきらと輝かせた目は、本来、彼が高校生らしく夢中になれるものに向けられるべきはずだ。一匙の罪悪感のようなものが、料理に入れすぎた塩みたいにダメージを与えてくる。

     バイクに跨がりエンジンをふかすと、腰に回す手にぎゅう、と力が込められた。まだ成長過程だが、確かに男性の体を作り上げつつある筋肉と骨格は、やはり女性の曲線とは違う。
     そう言えば最近バイクに乗せているのは松井ばかりだ。こんなことをしているから「私と生徒どっちが大事なの」なんて、典型的な台詞で彼女に振られるんだよな、と自嘲気味に苦笑した。

     ずるいよ、先生。と背中に向けられた言葉は、エンジン音で聞こえないふりをした。
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