教師豊前と高校生松井のバレンタインの話 耳元に吹きつける風が痛くて、マフラーに顔半分を埋める。窮屈な靴の中の指先までかじかんでいて、その場で足踏みして悪あがきするものの、当然体温は上がらない。
下校時間もとうに過ぎた学校の駐車場には、担任教師である豊前のバイクが一つだけある。ここで待ち伏せしていれば会えるはずだけれど、彼があとどれくらいで帰ってくるのかも分からないし、手にぶら下げた紙袋の中身を受け取ってもらえるのかも分からない。
教師へチョコレートを渡すことが一切禁止と告げられたのは、バレンタインデー前日のことだった。恐らく、毎年豊前宛のチョコが殺到するためだろう。大勢の女子生徒がえぇーっと不満を漏らすのを、学年主任が一蹴していた。もっと早く言ってよ、との言葉には松井も同意である。
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