普段ならば会社にいる今日。タイゾウと部下達にごり押しされる形で有休を取った。突然休みになって何をしようか考えていると、有休を言った張本人であるタイゾウに手を引かれ、彼の車で俺が行きたい所に行くことになった。
社宅である自室に戻った頃には、すっかり空は暗くなっていた。
(仕事は来週になるか。早めに出社して、溜め込んだ業務を終わらせないと…。)
風呂から上がり、ソファに身を預けて一息つく。前から気になっていたホテルのスイーツビュッフェ、人気のサウナがある繁華街、そしてカードショップ。時間を気にする暇などないくらい楽しむことができた。
「ん?」
「どう?いい休みになった?」
目の前に差し出されたカフェラテの入ったカップを見て振り向くと、俺より先に風呂から上がっていたタイゾウがキッチンから出てきた。なぜか誕生日を迎えた俺よりもどこか嬉しそうにしている。カップを受け取ると、タイゾウが隣に座る。
「…まあ、行きたかった所だからな。スイーツの味も絶品だった。」
「それは良かった。お前車の中でも楽しみでうずうずしてたもんな。」
「…っ、してない!適当なことを言うな!」
「えー?可愛かったのに。」
「まったく…、そんなことを言うのはお前くらいだ。」
運転中に何を見てるんだと、慣れきったその性格に息をつきながらカフェラテを口にする。俺好みの少し甘めに作られていた。
「でも、部下の彼らからもプレゼントを渡されるとは思わなかった。」
「あいつら絶対贈りたい、喜ばせたいって張り切ってたからな。」
「そうか、それはお礼を言わなければな。」
自分を慕ってくれる部下達からの贈り物も嬉しかった。書類作業に使える文具からスイーツに合うお酒まであり、彼らの祝福の気持ちが伝わる。大事に使わせてもらおう。
「…あのさ、キョウマ」
「ん?」
「俺さ、まだ渡してないんだ。プレゼント。」
「え? ホテルのスイーツバイキングに連れて行ってくれただろう?」
「あ、いや、それもプレゼントなんだけど。もう1つあるんだ。」
そう言うと、タイゾウはカップをテーブルに置き、ソファから立ち上がる。そして俺の前まで来ると、その場に膝をついた。
開けてみて、と手渡されたのは小さなベルベット生地の箱。同じようにカップをテーブルに置いて箱を受け取る。中に入っていたのは、シンプルなデザインのプラチナリング。俺は思わずタイゾウの方へ顔を上げる。彼は、愛しげに俺を見ていた。
「タイゾウ、これは…っ。」
「俺さ、いっぱいお前にわがまま言ったけど、これは、このわがままだけはどうしても、許してほしい。」
タイゾウは俺の手を取り、再び俺を真剣な眼差しで見つめる。
「キョウマ、お前に俺の人生をあげたい。…だから、お前の残りの人生、俺にくれないか?」
「…──。」
自分の人生を与える、それは彼とこれから先も共に添い遂げるという事。こんなにも大事なプロポーズをされたのは、彼に自分の会社を共に立ち上げてほしいと口説き落とされたあの日以来だろうか。じっと見て俺の返事を待つ姿は子犬のようにも思えて、くすりと笑ってしまった。
「え、キョウマ?」
「プレゼントって言うのに、受け取る側にそんなわがままを言うのか?」
「ゔ…、それは、おかしいって言われるのは覚悟してた…。」
「ふふ…、最後までかっこつかないな。」
「うぅ、うるせー…。」
かっこつけたつもりの彼はそう小さく吐き捨てて俺の膝に顔を伏せる。どこか落ち込んだ様子だった。
「…タイゾウ、こんなこと…普段は言わないから、ちゃんと聞いてくれ。」
失敗したと、そう思い込んでしょんぼりするタイゾウの頭を撫でる。顔を上げた彼に笑みを返し、俺は箱に入った指輪を手に取ると、彼への返事を示す、左手の薬指にはめた。
「俺はとっくに、お前に全てを捧げる覚悟はできてる。だから、これが俺の答えだ。」
「…!」
俺の左薬指で光る指輪を見て、タイゾウは少しの間動かなくなっていたが、俺が声をかける前に突然身を乗り出して抱きついてきた。
「…わっ!お、おい、急に抱きつくなっ。」
「へへ…、ごめん。でも、失敗したと思ってたから、嬉しすぎて…。ああ、どうにかなっちまいそう…」
「ふふ…、まったく、お前が嬉し泣きをするのか…。」
背中を優しく叩いてもう一度向き直る。涙に濡れた頬を拭ってやり、彼自ら自分の指輪を左薬指にはめるのを見守る。
「…なあ、キスしていい?」
「いいよ。…それが夫の望みなんだろ?」
「っ、そういうのずるいって…。」
からかうように言ってやれば、タイゾウは顔を赤くして、それが面白くてくすりと笑う。タイゾウは俺の頬を撫でて、俺の唇を自分のそれで塞いだ。何度もキスを交わし離れれば、呼吸を整える。
こんなにも、彼が好き。彼が俺を望んでいるように、いつの間にか俺の中で彼の存在が大きくなっていた。今だけは、小さなわがままも許されたい。
「…タイゾウ、俺を、離さないで。」
「ははっ、もちろん。…離す気なんてないからな。」
誕生日はもうすぐ終わる。それでも二人きりの夜は、まだ始まったばかり。