遠くにありて思うもの『そっちはどうだ』
スマートフォン越しの声が抽象的にしかなりようのない質問を投げかけて、茂夫はどう答えるか考える。
「やること多くて寝るのが遅くなってるけど、元気ですよ。生活するのって、分かってたけど大変ですね」
笑い声とともに、そうだろうと返って来る。疲労はあれ、精神的にはまだ余裕があることが、声から伝わったのだろう。
『飯作ってる?』
「ごはんとお味噌汁は作りましたよ。玉ねぎと卵で。主菜は買っちゃいますけど」
『いいじゃん、十分。あとトマトくらい切れば』
「トマトかあ」
『葉野菜よりか保つからさ』
仕事が研修期間のうちに生活に慣れるよう、一人暮らしの細々としたことを教えたのは、長らくそうであったように霊幻だった。利便性と防犯面を兼ね備えた物件の見極め方に始まり、コインランドリーの活用法、面倒にならない収納の仕方。食事と清潔さは体調に直結するからと、新鮮なレタスを茎から判別する方法、野菜をたくさん採るには汁物が手軽なこと、生ゴミを出すのだけは忘れないよう習慣づけること、部屋の掃除は適当でも水回りはきちんとすべきこと、交換が簡単なボックスシーツ、スーツの手入れについては物のついでに、実にまめまめしいことこの上ない。
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