そのものあおいころもをまといて モブはさっきから俺の脛毛を無表情で撫でている。毛の生える流れに逆らって撫でて元の毛並みにゆっくり戻る様子を眺めたり、弱い力で引っ張ったりしている。最初は何をしてるんだと思ったが、少し擽ったい位で特段困ることもないので好きに触らせている。
モブの視線を感じながらも、構わず文庫本のページを捲ろうとしたが、薄いクリーム色の紙を掴めずつるりと滑った。指先が乾燥しているからだ。年を取ったなと思う。学生の頃はそんなことを意識したことがなかったのに。
「何、言いたいことでもあんの?」
「無かったら触っちゃ駄目なんですか」
「いや、別にいいけど。何か言いたげに見てたろ」
「僕が脛毛を触ると師匠の眉毛が動くんです。それが楽しくてつい」
「まったく楽しさが分からん」
「……剃ろうかな」
楽しそうに脛毛を撫でるモブの表情を崩したくなり、思ってもないことを口にしてしまった。
「えっ、なんで!? いつ剃るんですか!?」
「なんでそんなに食い気味なんだよ。怖えよ」
「同席させてください」
「嫌だよ」
場のノリで言っただけで具体的な予定は立てていないし、そもそも剃る気はなかった。まさかこんなに深刻な反応を返されるとは思わなかった。
「しばらく脛毛に触れないのなら、せめて師匠の脛毛を見送りたいんです」
「……分かったよ。また生えてくるからさ、そんなに落ち込むなよ」
俺は一体何のフォローをしているんだ。俺の脛毛がそんなに好きか。
「……はい」
「脇毛もあるからそれで我慢してくれ」
「分かりました」
モブの悲しい顔を見ていられなくて思わず脇毛を持ち出してしまった。沈痛な面持ちでモブが頷いた。
俺もモブも気が動転していたんだと思う。普段の俺はこんな事を言わないし、言われた側は普通困惑する。脛毛がなんだ、脇毛がなんだと言うのだ。
自分で言い出したこともあり、もう後には戻れない。まあ、剃って困るようなものではないので別にいいんだが。
モブは別れを惜しむような顔をして脛毛を撫で始めた。別れの挨拶でもしているのだろうか。……そんな気がするってだけだが。
モブは俺の顔を見て満面の笑みを浮かべた。
もしかしてモブの口車に上手いこと乗せられてしまったのかもしれない。今となってはどうでもいいことだ。