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    dizy

    @dizybm
    すべてがめちゃくちゃ 文と絵と女体化とR18

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    dizy

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    ワルドギ文 ケモ

    ##ワルドギ

    目の前が霞む。
    いつもより地面がずっと近い。体のどこもかしこも痛くて、もう人の形すら保てなかったからだ。
    ニンジャジャンはヒーローだ。でも、彼はたった一人きりで、いつだってどこにだって駆けつけてくれるわけではなかった。
    悪者だってたくさんいて、先ほど子どもを襲おうとしていたような輩はニンジャジャンが倒すまでもないような小悪党だ。憲兵隊がきちんと働いていれば逃した子どもが呼んできてくれたかもしれないが、それは間に合わず僕はこうして満身創痍で行き倒れるはめになっている。
    別に何を恨んでもいない。ただ体じゅうが痛い。呼吸するだけでズキズキと響くから、どこか骨が折れているのかもしれない。ヒーローじゃない自分はちっとも強くなんかないから、大したことのない悪党にこうやってボロボロにされるのだ。
    べしゃり。とうとう力つきて地面に倒れ込む。鼻は血のにおいと、それから湿った空気を感じ取っていた。きっとじきに雨が降る。そうしたらこんな傷ついた体じゃ無事でいられないかもしれない。
    目を閉じる。意識が遠のく中で、がさがさと草が揺れる音を聞いた気がした。

    ――あたたかいものがからだに触れていることに気がついた。
    ぼんやりと瞼を上げると、痛みが全身を支配していることを思い出す。体を動かすのは無理そうだったので、耳を澄ませて鼻を鳴らした。冷たい場所じゃない、地面と体の間には何かやわらかいものが敷かれているし、鼻はつんとする薬の匂いをかぎ分けた。どうやら誰かに手当をされているみたいだ。
    「起きたか」
    そして振ってくる声。――知っている声だった。こんなに優しい声だったことなんてないけれど。
    クゥ、と鼻を鳴らす。この姿じゃ喋れないから、意思の疎通はできなかった。それがいいかどうかはわからないけれど、少なくとも「君は、ワルサムライ!」なんて声は上げずに済んだ。
    「ひでえ怪我だったぜ。死なずに済んでよかったな」
    ぱたん、と尻尾を揺らす。体を、傷ついていないところを撫でる手も優しかった。
    ワルサムライはいつも悪事をはたらきニンジャジャンに成敗されている悪党だ。こんなふうに、傷ついて行き倒れた犬を助けるような人ではない――そう思っていた。でも今まさに、僕は助けられているのだ。信じられない気持ちになりながら僕は彼をじっと見上げた。
    いつもお面で隠している素顔を見るのは初めてだった。濃い色の肌に、髪の毛の色も濃くて赤みがかっている。つり目で眉も野生的な感じだから男らしいけれど、怖いとは思わなかった。とにかく男前だなあと思う。
    「なんか食うか。犬って何食うんだったかな」
    うーん、僕はただの犬じゃないから、割と雑食なんだけど。ワルサムライは立ち上がって垂れ下がった布の奥へ消えていった。ここは室内みたいだけれど、あまり上等な建物ではないように見える。まあ、僕の住処も似たようなものだ。
    耳をすませると、ワルサムライ以外の声も聞こえた。女の人?それから、子どもの声も。ワルサムライの家族だろうか。――彼にも、家族がいるのだろうか。
    悪事を働いて人々を困らせる彼の目的を僕は知らない。悪の組織にはワルサムライ以外の悪党もいて、似たような格好をしている彼らは人々から金品を巻き上げたりわかりやすかった。でもワルサムライはちょっと違う。
    まんじゅうを独り占めしたときは結局ひとつも食べていなかったことが発覚したし、なんというか、規模が大きいけれどしょうもないことをしがちだ。ワルサムライ自身戦闘力が高いから彼が悪さをするとニンジャジャンがやってくるのだけれど、ワルサムライのほうもニンジャジャンを呼び出すのが目的なんじゃないかと思うくらいだ。
    こんな薄汚れた犬を拾って手当てをしてくれる。その事実が僕に彼が実はいい人なんじゃないか?なんて疑惑を抱かせていた。撫でる手つきも、優しい声も、全部が嬉しかったから。
    「アーロン!わんちゃん起きたの?見に行っていい?」
    「ダメだ、弱ってんだからお前らがいたら休めねえだろ。ちゃんと面倒見るから元気になったら撫でてやれ」
    「ちぇっ。わかったよ」
    「アハハ、アンタずいぶんあの子が気に入ったのね」
    「拾ったモンは面倒見るだけだよ。お前と同じだ」
    「確かに。あたしに似たのかあ」
    「ハッ」
    外の会話に耳をそばだてて、ワルサムライの名前はアーロンというのかなんて頷く。女の人以外は、子どもが何人がいるみたいだ。
    そもそもここはどこだろう。少なくとも街中ではないはずだ、僕が行き倒れたのは山の中だったし。においではわからず、けれど動くこともできないからもどかしい。
    そうしているうちにワルサムライ――いや、アーロンが戻ってきた。片方の皿には水、もう一つの皿にはご飯とたくあん、それにほぐした魚が盛られていた。
    「食えるなら食え」
    人と変わらない食事だったのでホッとしながら尻尾を揺らす。まずは水からだ。井戸の水とは違う味がするから、やっぱりここは山中だろうか。
    それからご飯の皿に鼻を突っ込む。思ったよりお腹が空いていたみたいであっという間に平らげてしまった。もしかしたら一日くらいは気を失っていたのかもしれない。
    「飯食えんなら大丈夫だな」
    がっつく僕にも彼は優しい顔のままで、食べる邪魔もしなかった。皿についた米粒まで舐め取ってから顔を上げる。尻尾をパタパタと振ると頭を撫でてくれたから、顔をこすりつけてありがとうの気持ちをありったけ伝える。伝わるか、わからないけれど。
    「あんま動くな、傷塞がってねえだろ。治ったら構ってやる」
    痛まないように優しく触れられて、やっぱり彼はいいひとなんだと確信した。少なくとも、今だけはそうなのだろう。理由も何もわからないけれど、この手つきだけでじゅうぶんだった。
    ――もし、僕がいつもの姿だったら。彼は、ワルサムライは、こんなふうに助けてくれなかったのだろうか。そんなことを考えると、つきりと胸が痛んだ。

    アーロンはそれからしばらく僕の怪我の面倒を見てくれて、ご飯もお腹いっぱい食べさせてくれた。彼にとってはただの野良犬だろうに、ここまでしてくれるのは純粋な善意だとしたらなかなか稀有なものだと思う。――今まで僕はあまりお腹いっぱい食べられたことがなかったし、そもそも怪我をしてこんな姿で倒れたのも子どもを痛めつけようなんてする悪趣味な輩のせいだ。暴力がエスカレートしたのは僕が獣人だからというのもあるのだろう。
    「ドギー」
    アーロンはそんなふうに僕を呼ぶ。偶然だろうけれど、普段そう呼ばれているから反応しやすくて助かった。ご飯を持ってきてくれたアーロンは僕の少し前にお皿を置くと、「おすわり。待て」と命令してくる。
    もちろん僕は彼の言葉の意味を理解しているわけなので、ちゃんとそれに従う。犬扱いに思うところがないわけじゃないけれど、正体を明かしていないのは僕がそう選んだからだ。文句を言う筋合いもない。
    「……よし。食っていいぞ」
    ワン、とひと鳴きして尻尾を振る。以前のような慢性的な空腹感がなくて、お腹いっぱい食べられるというのはあまりに幸せなことだった。尻尾がブンブンと振られるのは、そういうわけで。
    ……正直、ずっとこのままでもいいと思ってしまう。傷も癒えてきていい加減人の姿に戻ることもできるけれど、そうしたらここにはいられない。犬のままでも役に立つことはできるだろう、今も子どもたちの相手をするのはありがたがられるし。アラナさん――アーロンのお姉さんにも僕は重宝されていた。
    そう、この山奥の小屋には子どもたちがたくさんいるけれど、大人はアーロンとアラナさんしかいなかった。ふたりは姉弟らしいので、子どもたちに血のつながりはないのだと思う。それでも家族は支え合って生きていて、アーロンはワルサムライとして活動することで収入を得ているようだった。
    家族を養うために怪人をしているなんてなかなか信じられることじゃない。でも彼らは世間から切り離された存在だ。もしかしたら捨て子だっているかもしれなくて、そうしたら街の人たちを憎く思うこともあるのかもしれない。
    「ドギー!」
    皿についた米粒まで一粒も残さず平らげたところで待ってましたとばかりに子どもたちが駆け寄ってくる。遠慮なくわしわしと撫でられて追いかけ回されるものだから、傷が塞がっていない間に彼らを遠ざけてくれたアーロンには感謝しなくちゃならない。いや、子どもは元気で健康なのが一番なんだけど。
    「オイ、こいつはこのあと仕事だ。遊ぶのは帰ってきてからにしろ」
    しかし今日は、違う理由でアーロンは子どもたちを止めた。すると一斉に文句が飛んでくる。
    「ええー?お仕事?見回りでしょ。僕も行く!」
    「わたしも!」
    「ダメだ。留守番してろ。ほら、そこの雨漏り直しとけって言ったろうが。お前もまだ手習終わってないだろ」
    子どもたちのかしましさに僕は少したじろいでしまうが、アーロンは慣れているのかそんな様子はちっともない。子どもたち一人一人に言い聞かせて頭を撫でると、サッと外に出た。僕も慌ててその背中を追う。
    ワン、と鳴いて呼びかけるとアーロンは懐から出したお面をつけて振り向いた。と言っても、中途半端にしか被ってないから顔は半分見えている。
    「おら。これの臭いだ」
    アーロンが差し出してきたのは手ぬぐいだった。アーロンのものでないことはすぐにわかる。この姿だと普段より鼻がきくから、アーロンが望んでいるらしい仕事はすぐに遂行できそうだった。
    しかし、どうしてこの臭いの主を追う必要があるのだろう?アーロンを見上げて首を傾げる。
    「最近ウロチョロしてる雑魚でな。これ以上目をつけられたらここまでニンジャジャンが乗り込んできてもおかしくねえ」
    そんな!とショックを受ける。そしてそんな自分に驚いた。
    ニンジャジャンはヒーローだ。アーロンが、ワルサムライが悪事を働いていて彼を成敗するのだとしても、アラナさんや子どもたちに危害を加えるはずがない。この場所がばれたとして、悪党であるワルサムライを倒せるなら……それは、そうすべきなんじゃないか。
    迷いながらも僕の鼻は的確に臭いを追った。ついてくるアーロンはお面で完全に顔を隠してしまっている。――僕は、ワルサムライに加担している。これはもう紛れもない事実だ。
    守りたかったんだ。守らなくてはいけないと思ってしまった。アーロンは、あの子どもたちにもアラナさんにもいなくてはならない存在で、今の彼らは幸せに暮らしているのだ。家族と共に、欠けることなく。
    それは何より尊くて大切なことだった。例えニンジャジャンであろうとも、アーロンを彼らから引き剥がしてはならないと思う。ワルサムライが悪人でも、それでも、僕は。
    臭いの元は町の中の酒場にいた。昼間から飲んだくれるような人たちが集まる、周りに賭博場のあるあまり治安の良くない場所だ。犬の僕は鬱陶しそうに見られて、フードを目深に被ってお面すらも隠すアーロンは舌打ちをしていた。
    「クセエな。こいつは……ニンジャジャンの手の者じゃねえか」
    僕もそう思う。ニンジャジャンの協力者がいる場所とは思えない。というか、その例の人物はまさに酒場のど真ん中で飲んだくれ、給仕の女性に絡んでいた。
    「汚ねえ金握らされた……こっちの奴かよ。なら手加減はいらねえな」
    僕は酒場の裏手でアーロンが帰ってくるのを待った。店の中の騒ぎは外までよく聞こえる。お金を巻き上げて、口止めをして。こういう場所にニンジャジャンは基本的には来ないので、アーロンを止める者はいない――のだが。
    「ありゃま。ひどい騒ぎだねえ」
    のんびりとした声に僕はハッと振り向いた。着崩した着物に無精髭、丸まった背中。カラン、と下駄が鳴る。
    「怪人でも出たかね?」
    ニンジャジャン、いや――その「中の人」。ワルサムライがアーロンであるように、ニンジャジャンも普段はのんびりと暮らす町人なのか。
    僕は彼のことは知らない。ただ、匂いでわかる。ニンジャジャンはこの人だと。
    「お前さんは野良犬かな?それにしちゃあ毛並みが綺麗だ」
    しゃがんだニンジャジャンはわしわしと僕の顎を撫でてくる。くう、気持ちいいな!わふわふと声が勝手に出て尻尾が揺れてしまう。
    どうすればいいのか迷っていたが、ニンジャジャンの相手をしていればアーロンが彼と戦うこともないだろう。ワンワン鳴きながら積極的にじゃれついていくことにする。
    「随分人懐っこいねえ。やっぱどっかの飼い犬か。なんだか彼を思い出すよ」
    彼?誰のことかと顔を上げると、スッと黒い瞳が細められた。
    「『ドギーお兄さん』」
    「っ!」
    思わず目を丸くしてしまう。そうだ、僕はニンジャジャンとは面識がある。けれどニンジャジャンは僕のことを覚えていないと思っていた。
    「最近姿を見なくてね。行方不明らしいんだ。ドギーお兄さんは獣人だから……何か知ってることはないかい?」
    この町に獣人は少ない。なぜなら、獣人は獣人のコミュニティがあるからだ。もしかしてそのせいで目立っていたのかもしれないなと思いつつ、ニンジャジャンが僕の正体に思い至っている可能性に内心冷や汗をかいた。
    「なーんて、犬に言っても意味ないか。……おっと、騒ぎもおさまったかな。どれどれ」
    ポンポンと頭を撫でてから立ち上がったニンジャジャンはサッと店の中へ入っていってしまった。何気ない仕草が妙に滑らかというか、それこそ忍者っぽいというか。只者でないんだよなあと思っていたところで入れ替わりにアーロンが戻ってきた。
    「戻るぞドギー」
    わん!と元気よく返事をする。屋台で子どもたちにお土産を買い、獣道を登って戻る。僕は犬だし、アーロンは身のこなしがそれこそ野生の動物のようだ。僕たちなら通るのもそう苦にならないけれど、普通の人は大変だろうなと思う。子どもたちは簡単に下りれないだろうし、アーロンがいなくては生活は成り立たないだろう。
    子どもたちに出迎えられ撫でくりまわされながら思う。やっぱりこの場所は守らなくてはいけない。アーロンはワルサムライだけれど悪い人ではないのだ。言い訳ばかりを並べてしまうくらいに入れ込んでいる自覚はある。
    ――結局、僕も爪弾きにされていて、それが苦痛だったのだ。
    町にいる獣人は少なく、目立つだけでいいことはない。碌な仕事もなくって、誰かを守って行き倒れてもそれを感謝されることなんてないのだ。感謝されたくてしているわけではないのだけど、胸の底で澱むものはある。
    そんな僕を助けてくれたアーロンは恩人だ。多分、彼は見捨てることができない人なのだろう。ここに暮らす子どもたちはみんな孤児のようだったし、僕を拾ったのも似たようなものだったのかもしれない。

    もし、と思う。もし、アーロンが僕が獣人だと知ったら。それでも受け入れてほしいと思ってしまって、でも無理だろうとも思う。アーロン――ワルサムライは僕のことを人質に取ろうとしたこともあるくらいだし、町で暮らしていた僕を歓迎なんかしないだろう。
    だからバレてしまえばこの生活は終わりだ。こうやって戻るぞ、なんて言われることはないし、おかえりと声をかけてくれる人たちもいない。ワルサムライじゃなくてアーロンとして接してもらえることもないだろう。
    そのうち出ていかなくてはならない。でもバレない間は出ていかなくてもいいかもしれない。役に立っていれば、その間だけは。
    ずるずると引き延ばしたのは僕のわがままだ。
    だから。最悪の結末を迎えたのもまた必然だったんだろう。
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