情 ふと、物音で目が覚める。辺りにアビスの気配はなく竜でも近くを通ったのかと思ったが、生き物の気配はない。気のせいかと思ってもう一眠りしようとすると、再び音が聞こえた。
「かあ…さん…」
その声はキィニチの寝言だった。キィニチは両親と暮らしていないが、時々魘されながら父や母を呼ぶことがある。
親と離れて寂しいなんて可愛いところもあると思うが、その顔はいつも険しい。どんな夢を見ているのか覗くことなど、この偉大なる聖龍クフル・アハウには容易く、盗み見てやろうと思ったのは本当に気まぐれだった。
気軽に見た光景は、くだらない人間の残忍で愚かな姿だった。こんな目にあっても夢で父母を求めるキィニチは愚かとしか思わないが、人間には情というものがある。それが、過去の記憶を捨てきれない理由なのだろう。
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