傷と影の狭間で帝国暦485年、辺境の星域で貴族たちの陰謀が渦巻いていた。ラインハルト・フォン・ミューゼルはその類まれな才能と野心ゆえに、多くの貴族から妬みの目を向けられていた。この日もまた、彼を陥れようとする奸計が仕組まれていた。暗がりに潜む刺客の刃が、ラインハルトの背後から迫ったその瞬間、黒髪の長身の男が身を挺して彼を庇った。オスカー・フォン・ロイエンタールだ。
「閣下、お下がりください!」
鋭い叫びと共に、ロイエンタールは刺客の腕を掴み、強引にねじ伏せた。しかし、その隙に別の刃が彼の脇腹を浅く切り裂いた。血が軍服を染め、床に滴り落ちる。刺客たちは混乱の中で逃げ去り、ラインハルトと駆けつけたジークフリート・キルヒアイスがロイエンタールを支えた。
「ロイエンタール、無茶をするな! 俺が自分で対処できた!」
ラインハルトの声には苛立ちと感謝が混じっていた。金髪を揺らし、彼は血に濡れたロイエンタールの軍服を見つめた。キルヒアイスもまた、青い瞳に心配を浮かべながら言った。
「すぐに医務室へ。傷が深くないと良いのですが。」
だが、ロイエンタールは片眉を上げ、痛みを隠すように笑った。
「お二人とも大袈裟です。こんな傷で死ぬつもりはありませんよ。」
それでも、彼の顔はわずかに青ざめ、歩くたびに傷口が疼くのが見て取れた。
一行は近くの駐屯地に戻り、ロイエンタールを医務室に運んだ。医師が傷を診た結果、命に別状はないものの、しばらく安静が必要だと告げられた。ラインハルトとキルヒアイスは、ロイエンタールの病室に残り、彼を気遣う言葉をかけた。
「ロイエンタール、感謝する。卿がいなければ私は危なかった。」
ラインハルトが珍しく素直に感謝を口にすると、ロイエンタールは苦笑した。
「たいしたことはありません。貴族どもの鼻を明かしてやれて面白かったですよ。」
キルヒアイスはベッドサイドに立ち、包帯や水差しを手に持って世話を焼こうとした。
「ラインハルト様、私がロイエンタール提督についています。ロイエンタール提督、動かないでください。水でも飲まれますか?」
その様子にラインハルトも加わり、二人がかりでロイエンタールを気遣う姿は、まるで過保護な家族のようだった。
その時、病室の扉が静かに開き、ヴォルフガング・ミッターマイヤーが現れた。彼は状況を一瞥し、穏やかながらもどこか鋭い声で言った。
「閣下、キルヒアイス。二人ともお気持ちは分かりますが、落ち着いてください。先にロイエンタールを休ませましょう。」
ミッターマイヤーの言葉には、抗い難い説得力があった。ラインハルトは一瞬むっとした表情を見せたが、やがて頷いてキルヒアイスと共に部屋を出た。
病室に残ったのは、ミッターマイヤーとロイエンタールだけだった。ミッターマイヤーはベッドに近づき、ロイエンタールの額に軽く手を当てた。
「熱はないな。だが、無理はするなよ、ロイエンタール。」
その声には、普段の戦場での鋭さとは異なる柔らかさが滲んでいた。ロイエンタールは目を細め、ミッターマイヤーの手を払おうとしたが、傷の痛みで動きを止めた。
「卿まで大袈裟だな、ミッターマイヤー。こんなことで死にはせん。」
ミッターマイヤーは小さく笑い、ベッドサイドの椅子に腰を下ろした。
「死ななくとも、傷が開けば面倒だ。少しは素直に世話を焼かせてくれ。」
彼は水差しからコップに水を注ぎ、ロイエンタールの唇にそっと近づけた。ロイエンタールは一瞬抵抗するように目を逸らしたが、やがて観念して口をつけた。ミッターマイヤーの指がコップを支える姿は、どこか優しさに満ちていた。
包帯を交換する時間になると、ミッターマイヤーは手慣れた動きでロイエンタールの軍服を脱がせ、傷口を露わにした。血が滲んだ古い包帯を剥がし、新しい布を当てる。その手つきは丁寧で、まるで壊れ物を扱うようだった。ロイエンタールの白い肌に、赤く染まった傷跡が痛々しく映えた。
「痛むか?」
ミッターマイヤーの声に、ロイエンタールは首を振った。
「我慢できる程度だ。」
だが、ミッターマイヤーの指が傷の周りをなぞるたび、ロイエンタールの身体は微かに震えた。痛みではない。別の感覚が、彼の内に芽生えつつあった。ミッターマイヤーの視線が傷口からロイエンタールの顔に移り、二人の目が絡み合った瞬間、空気が変わった。
ミッターマイヤーの手が、包帯を巻き終えた後もロイエンタールの肌に留まった。指先が傷の周りを離れ、ゆっくりと脇腹から胸へと這う。ロイエンタールの呼吸がわずかに乱れ、彼は目を逸らそうとしたが、ミッターマイヤーの視線がそれを許さなかった。
「卿…何だ、その目つきは。」
ロイエンタールの声は低く、かすかに掠れていた。ミッターマイヤーは答えず、代わりに身体を寄せ、ロイエンタールの首筋に唇を近づけた。
「ミッターマイヤー、やめろ…傷が…」
抗う言葉とは裏腹に、ロイエンタールの身体は熱を帯び始めていた。ミッターマイヤーの息が首筋を撫で、唇が軽く触れると、彼の全身に電流のような震えが走った。ミッターマイヤーの手がロイエンタールの肩を押さえ、ベッドにゆっくりと押し倒す。
「動くな。傷が開くぞ。」
その言葉は優しくもあり、どこか命令的でもあった。
ミッターマイヤーの唇がロイエンタールの鎖骨を辿り、傷の近くまで降りていく。痛みと快感が交錯し、ロイエンタールは歯を食いしばって声を抑えた。だが、ミッターマイヤーの指が彼の胸を這い、欲望を隠さない動きで肌を撫でると、ついに低いうめきが漏れた。
「…何をする気だ…」
「黙れ、ロイエンタール。お前がこんな顔をするとは思わなかっただけだ。」
ミッターマイヤーの声には、普段の冷静さとは異なる熱が宿っていた。彼の手がさらに下へと伸び、ロイエンタールの抵抗を封じるように身体を重ねた。
二人の息が絡み合い、病室は静寂と熱気に支配された。ロイエンタールの瞳には痛みと抗えない快楽が混じり合い、ミッターマイヤーの動きに身を委ねるしかなかった。傷口が疼くたび、彼の身体はより強く反応し、ミッターマイヤーの欲望がその隙を埋めていく。
夜が深まり、ミッターマイヤーはようやく動きを止めた。ロイエンタールは荒い息をつきながら、乱れた髪を額に貼り付かせていた。ミッターマイヤーは彼の傍らに横たわり、静かに言った。
「…すまない…傷を見て卿を失うかもしれないと思ったら怖くなって卿を直に感じたくなってしまった…。傷が開かなくて良かった。」
ロイエンタールは力なく笑い、目を閉じた。
「…ミッターマイヤー、俺は大丈夫だ。だが、次に卿が怪我した時は覚えてろよ。」
二人の間に流れる空気は、戦場での絆とは異なる、新しい何かで結ばれていた。