きみはいいこ「先生、わたしね」
少女の上履きのかかとがとんとんと廊下をはねる。ときおり少女のからだごとふわりと浮きあがって、それからゆっくりと着地する。
「なんもかんも、軽ーくなればいいとおもっとった。お父ちゃんの仕事も、お母ちゃんの仕事も、難しいことようわからんけど重たくならんで、みんな楽しくしあわせになれればいいなって」
開けはなたれた窓、夏の日差しが少女の姿も影も白くする。みんみんと蝉が鳴いていた。顎のあたりを汗が滑って、黒ずくめの服にぽつりと染みて消えていく。
だからこんなかな、と少女は笑う。やわらかな声音、うららかさは夏にあっても変わらない。
「だからこんな、ふわふわーってなるようになったんかな」
スカートの裾をひるがえし少女はふりかえる。
1936