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    壬生ソラ

    鉛筆殴り書きのラクガキとかラフ案多め。
    たまに表に置くのが憚られるやつとか、小説もちらほらあります。
    @gs5skyskysky

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    壬生ソラ

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    雷先生が投獄されて数年後の話。
    雷先生がどうして仙人になったか、劉先生がどうして片目になったかの小話。

    ##眠り谷魔法学校

    画竜点睛を 俺の元にその手紙が届いたのは、彼奴が投獄されてからしばらく経った頃だった。
    『いつにも増して体調が悪いようで……一度直接診て頂けないでしょうか?』
     医療刑務所の監獄医からの手紙には、そんな文と奴のカルテやここ数ヶ月のスケジュールなどが事細かく書かれた紙が同封されていた。こんな時、いつもいの一番に連絡を寄越すアメリア・リードはどうやら厄介な事態に巻き込まれているらしく、対応出来ない旨も手紙には書いてあった。
     俺自身はあくまで薬学が専門であって、医療の類は本来専門外なのだが……彼奴の身体の不調が主に禁止薬物の類から来ている可能性が高いのだから、仕方ないのかもしれない。今までも、何度となく彼奴の薬の処方は担ってきたが……直接の訪問を求められるのは珍しかった。
     正直、気が重い。
     誰がかつての教え子であり、同僚でもあった男の投獄された姿が見たいというのか。
     それに、彼奴も会いたくないのではないかとも思う。
     同じ言語圏だからかわからないが、教師の中でも懐かれていた方だった気がする。そんな人物に会って、里心がついたり、惨めになったりしないだろうか?と、らしくない心配をしてしまう。

     だが、そんな考えよりも嫌な胸騒ぎがして……俺はあらゆる事態を想定した準備をして、校舎を後にした。

    「こちらです」
     案内されるまま監獄の中を縦横無尽に歩き、通されたのは窓もない部屋だった。
     簡易なベッドがあるだけで、とても診察室とは言い難いその無機質な薄暗い部屋の真ん中に、ポツンとそいつは横たわっていた。
     人並み以上にデカイ図体のはずなのに、弱々しい呼吸のせいかやけに小さく見えるその身体に近づけば、意識もないのか生気のない青白い顔がよく見えた。
     思わずそっと腕をとって脈を見る。それは、其奴の存在と同じくらい弱々しく脈打っていた。
    「処方された薬など、色々と試してみたのですが……容態は悪くなる一方でして……」
     確かにカルテにはこの監獄の医療設備で受けられる、様々な魔法薬や治癒魔法を試した記録があった。だが、監獄医の言うように大した効果は得られなかったのだろう……俺の目から見ても、容態が切迫しているのは明らかだった。
     ”寿命“
     そんな言葉が頭を過ぎる。法から外れた物に手を出し、無理矢理力を得た代償が、ここで回って来たのだろう。それは、此奴自身も薄々感じていたはずだ。じゃなければ、投獄される以前に俺へ”延命“の嘆願なんぞに来なかったはずだ。

     当然の報い。

     そう言って仕舞えばそれまでだが。
    「……残りの刑期は?」
     突然俺に尋ねられた内容が予想外だったのだろう。一瞬ポカンとした顔をした監獄医は慌てて書類を捲ると
    「の、残り四十年ほど残っております!」
     と情報を口にした。
     その年月を改めて認識して、俺は一つ溜め息を吐いた。
    「……お察しだと思いますが、彼の命は底を突きかけています。このままでは、刑期を終える前にその人生を閉じるでしょう。ですが……」

    (この先の言葉は己のエゴな気がしている。
     だが、それでも……)

    「それでは罪を償ったとは言えないでしょう?
     ここで死なれては逮捕も裁判も大層な刑期も、何の意味も無くなる。それは警察側としても本意ではないのではないかと思われますので、ここは一つ私に任せて頂きたい」
     監獄医に向き直りさも当然とばかりに、そう言い切った。
     俺の雰囲気に押されて戸惑ったような監獄医が控えめに「ま、任せるとは…?」と聞いてきたので、畳み掛けるように口を開く。
    「彼を仙人にします。誰にでも施せるものではないが、彼には恐らく素質がある。私がやりましょう」
    「!?」
     予想外の事態に監獄医が目を剥いた。
    「そ、それは……勝手にそのような手を加えるなど、人権的に……それに! 脱獄の危険性など増すのではないですか!?」
     焦った様子で、監獄医がそう問いかける。詳しく知らない者からすれば最もな心配だ。いきなり、人体を強化しようというのだから躊躇いは当然だろう。
    「人権を守って死んでしまったら元も子もないのではないですか? それに仙人といっても、法外な強さを得るわけではありません。自然的な魔力を得られるよう魔術回路が強化されるに過ぎない。強化された魔術回路により、魔力消費が緩やかになり、多少寿命が伸びるだけです。劇的な魔力強化にはなりません」
     焦る監獄医を尻目に、俺はあくまで淡々と冷静に話を進める。
    「それに……ここは医療刑務所とはいえ凶悪な魔法使いを収容している監獄でしょう? こんな死にかけの男の魔術回路が多少強化されたくらいで、突破されるような牢獄ではありますまい」
     畳み掛けるようにそう言えば、反論を失ったのか監獄医が黙りこんだ。今はこの場にいない彼の上司にあたるアメリア・リードの存在も、彼の口を閉ざした原因の一つだろう。どんな命令が下されているかは知らないが、俺にはそれなりの”配慮”をするようにと言われているはずだ。それをいいことに俺は

    「この魔法は部外者がいると使えませんので」

     そう言って、監獄医を外へ閉め出し、中に入らないよう釘を刺した。
     改めて其奴に向き直る。
     最後に見た時より更にやつれた様な気がして、仄かに胸が痛んだ。
     この術が効かなければ、俺には正直打つ手がない。

    (また目の前で死なせるのか……?)

     そんな過去の悪夢を振り払うように決心すると、一つ大きく息を吐く。
     魔力を帯びた紫煙が静寂に包まれた部屋に揺蕩うと、俺はその煙の中から厳重に封をされた巻き物を取り出した。酷く古びたその巻き物は、渡った時の長さを示すように諸所くたびれていたが、ぼんやりと浮かぶ深い墨色で記された文字がその威厳を保つように重厚な雰囲気を放っていた。

     まさか自分がこの術を使う日が来るとは思わなかった。
     だが、今はこの術に頼る他ない。

     乾きそうになる唇を噛み締めると、俺は口を開いた。

    「……我、森羅万象に連なる者。
     遥かなる仙境にその身を置く者也。
     悠久の刻の運河の中に流れ揺蕩う一抹の者、
     其の者”梣雷”
     彼の者を劉赦鶯の名に於いて、今其の身に大いなる陰陽を抱かせ、遥かなる仙境の一端に連ね給え……!」

     呪文に呼応するように巻き物が解かれていく。
     その古い巻き物はまるで一頭の龍のように部屋中に渦巻くと、幾重にも書かれた深い墨色の呪文が根を張るように彼奴を中心に描かれていった。
     その様子に、ほんの少し安堵する。
     予感はあったが、どうやら此奴には本当に仙人の適性がありそうだ。少なくとも術の展開までは上手くいった。
     だが、一字又一字と、墨文字が色濃く書かれていくたびに、身体から夥しい量の魔力が失われていくのがわかる。
    「ぐッ……」
     血管に直接冷水を流し込まれているかのような感覚に思わず奥歯を噛み締めると、苦い声が漏れた。
    (こんなにキツいものなのか、この術は……)
     改めて俺が仙人になった日のことを思い起こす。
     俺の師は随分と涼しい顔でこの術を行なっていたように思ったが、そこはやはり仙人としての格の違いか、超えてきた年月の差か……これほどに消耗するとは少々想定外だった。
     己の鍛錬の浅さに嫌気が差す。

     だが、ここで倒れるわけにはいかない。なんとしても。

     震える拳を握り締め、上がりかける息をなんとか整える。
     全身の魔力の流れに集中し、その流れが乱れぬよう、淀まぬように整え、気を保つ。
     ふと目に入る横たわる青白い顔に心がざわつきかけた。

    (間に合うのか?
     正しいのか?
     俺に助けられるのか……?)

    「……お前がこんなとこで死んじまったら、それこそどうしようもねぇだろうがよ……」
     誰に向けたぼやきかわからない言葉を吐く。
     ざわついた心から押し出させたその言葉は、紙の擦れるような音の響く暗い部屋に溶けていった。

     気の遠くなるほど長く感じられた束の間に、全ての文字を吐き出し終わった巻物が、ある一端を開いて其奴の上に漂っていた。
     緩慢になる足取りでそこまで行けば、淡く輝くその紙面の上にいくつかの名前がぼんやり見て取れる。
     見慣れた名前のその横に、薄らと浮かぶ此奴の名前が、術の成功を教えてくれていた。
     それを見て俺は思わず小さく笑みを浮かべる。
    「……仕上げだ」
     俺は指先を少し傷つけると、滲み出る血でその字をなぞるように名前を書いていく。

    『梣雷』

     俺の名の隣にしっかりと並ぶその名に安堵の気持ちが溢れる。
     そっと紙面から指を離すと巻き物は一際輝き、その光に呼応するように辺り一面に広がった呪文が此奴の身体を通って巻き物へと収束されていく。
     束の間の輝きに目を細めると、瞬く間に文字の奔流は元の巻き物へと収まり、荘厳な墨色が再び紙面の上に並んでいた。
     俺は巻き物を手に取ってそのまま奴の傍に腰掛けると、確かめるようにその紙面を眺めた。

     ふと、過ぎ去ったあの日。
     此奴の弟の言葉が脳裏を過ぎる。

    『もしも、兄様のことを心配してくれんなら、それはもう沢山、褒めてやってくださいよ。
     そしたらもっと、自分勝手になってくれると思うんだよな〜』

    「……俺だって、良い歳した大人を叱りたくねぇよ」
     記憶の中の人物に答えるように口を開く。
     誰も聞いてないその言葉は恨み言か自己弁護か。それとも……
    「自分で選んだ道だ、憐みはしねぇ。だがな……」
     確かめ終わった巻き物を一つ勢いをつけて巻き取る。
     なごり雪のような魔法光が、キラキラと鬱陶しく舞い散った。
    「落とし前着けずに手前勝手に死んで、己の罪から逃れようってのは許さねぇ……」
     どうせ聞こえていないそんな言葉を此奴に向ける。俺が許さないところで何になるのかと思わずにはいられないが、それでも……ただの同情の言葉よりずっといいはずだと、思わずにはいられなかった。

     巻き物を再び紫煙の奥底へと仕舞い込み、慣れた手つきで最終確認に脈や顔色を診ていく。
     まだ、脈は弱いが確実に先ほどよりは力強く規則正しく脈打っている。顔色も、死人同然の顔色から幾分かマシになり、多少なりとも血色が戻って見えた。
    (これなら大丈夫だろう……)
     そう思って、貧血の確認に瞳を少し診た俺は、そこで手を止めた。
    「……目が、」
     光に反応しない瞳孔。
     虚空を見つめる両の目。
     白目に血色はある。だからこれは失明しているのだと、理解するのにそう時間はかからなかった。
     そういえばこいつは目に魔法を施していた。その負荷が視力にまで影響を及ぼしていても不思議ではない。
     仙人化は人によるが、変化したその時の肉体の状態が反映される場合が多い。傷痕や欠損があれば、そのまま引き継がれるのが殆どだ。だから、こいつの失明も引き継がれたのだろう。
    (命は取り留めている。それだけで十分だろうとは思うが……)
     辺りを見回す。
     窓のない牢屋はわずかな明かりが揺れるばかりで、ほぼ暗闇と言っても過言ではなかった。
     視力を失った瞳では、例え刑期を終えて外の世界へ出たとて、ここの景色とほぼ同じ暗闇が広がるばかりだろう。
     自業自得。
     そう言って仕舞えばそれまでだが……

    『仕方ないですよ、これが俺には似合いです』

     当然の報いだと、そう言ってへらへらと笑う彼奴の顔が安易に想像できて、それが……

     どうしようもなく腸が煮えくり返った。

    「チッ……」
     行儀悪く舌打ちが漏れる。
     どうせ誰も聞いていないのだから構いはしないが。
     盛大な溜め息も漏れてくる。我ながら馬鹿なことをしようとしている。
     薬学が本分で、医療は本来専門外だ。
     だのに……

     右か左かそんなことを考え、
     共に生徒を導いたあの日の彼奴の顔を思い出して……

     指先を己の口元に寄せ、吐息を吹きかけ魔力を乗せる。
     それを奴の左目に翳せば準備は整ったようなものだった。

     もう片方の手で己の左目を覆う。
     先程の術のせいで、余分な魔力は使えない。
     一息に片をつけるしかない。

     俺の目と奴の目を魔法で繋ぎ魔力を集中させる。
     途端に、左目を抉られるような激しい痛みが俺を襲った。
    「ぐうッ……!」
     先程のも中々にキツかったが、こちらはそれ以上だった。
     それもそうか……力づくで、視力を転移させようとしているのだから。
     麻酔なども考えたが、繊細な回路を繋ぐ工程を考えると使うことはできなかった。
     徐々に視力を転移させ、正確に繋ぐ。
     頭が割れるような痛みに耐えながら、細い針に糸を通すような作業を続ける。
     自然と奥歯を噛み締める力が強くなり、息が荒くなった。
    「くそっ、たれがッ……!」
     笑いそうになる節々の関節に悪態をつきながら、転移魔法を続ける。
     暴力的な痛みの中、失われる視野の果てに、かつて生徒だった頃の此奴と弟の過ぎ去った日を見たような気がした。

    「−−−ッ! ハァッ! はぁ……はぁ……くっ……」

     転移を終えて、思わずベッドに手をつく。
     魔力だけでなく体力も消耗してしまったせいで、すぐには体勢を立て直せそうにない。
     意図せず、此奴の顔を覗き込む形になってしまったその時に、ポタリと此奴の顔に雫が零れた。
     それは俺の左目から流れた血の涙だった。
     無理矢理に転移魔法で視力を移した弊害か……魔法に集中しすぎて気がつかなかったが、まだ違和感の残る視界でふと手を見ると血で赤く染まっていた。
     これ以上零れないように体勢を立て直し、乱暴に袖で血を拭う。見えはしないが、そう大量に零れているわけではなさそうで、新たに頬に伝う感触はなかった。
     此奴の頬に落ちてしまった血も、そっと指で拭う。

     まるで此奴もほんの少し泣いているように見えた。

    (だいぶ視界がやられてるな……)
     なんて、らしくないことを思った自分に思う。
     まだ、弾む息をなんとか抑えつつ、奴の左目を確認した。

     美しい金色と目があう。
     そのことに、心の底から安堵した。

     これなら、問題ないだろう。
     まだ微睡を漂う此奴が目を覚さないように、素早く身を離す。
     完全に離れるその前に、ふと振り返る。
     きっと、これなら大丈夫。
     この先もきっと、生きていけるはずだ。
     だから……
     奴の両眼に俺はそっと掌を翳す。

    「……今度は見誤るなよ」

     生き長らえたところで、此奴の生きる道が困難な道なのは間違いないだろう。
     なんで生かしたのか? 俺を恨む日も来るかもしれない。
     それでも……

    「這いつくばってでも、生きて償え」

     これは呪いの言葉だろうか?
     生憎と、呪いに詳しい俺の教え子はこの場にはいない。
     答えは返ってこない。

     俺はそっとその場を離れると、そのまま振り返らずに部屋を後にした。

     部屋の外では、緊張した面持ちの監獄医が俺を待ち構えていた。
    「お、お疲れ様でございます!
     あ、あの、して、首尾は……?」
     汗が滝のように流れ落ちるのではないか?というような勢いで、冷や汗をかいている彼を一瞥して、俺は静かに口を開く。
    「何も問題ありません。
     術は滞りなく成功しました。時期に目を覚ますでしょう」
     俺の言葉を聞いた彼はほっとしたような、この先のことを考えると胃が痛いような複雑な表情を浮かべて息を吐いた。
     さっさとこの場を切り上げたい俺は、間髪入れずに口を開く。
    「くれぐれも、このことは他言無用でお願いしますよ。
     所謂、秘術の一種ですので。口外すると口が裂けます故」
     最後の言葉は嘘だが、あまりベラベラと人に話されると困るのは事実だ。彼は俺の言葉に怯えたように肩を縮こまらせると、こくこくと頷いた。
     それを確認すると俺は何でもない風で出口へと踵を返す。
     だが、流石に慣れない視界、消耗した身体に少し足がもつれてしまった。
    「劉先生? 大丈夫ですか?」
     監獄医が不思議そうに俺を覗き込んでくる。目の状態がバレないように、俺はふと顔を逸らすと努めて冷静に言葉を返した。
    「問題ありません。少々、魔力を消費してしまっただけですので」
     監獄医はやや納得しない様子ではあったが、そのまま来た時のように監獄の中を先導して歩き出した。
     なるべく自然に後を追いながら、遠ざかる存在をふと思う。

     もう彼奴に会うことはない。
     正確には、会うつもりはない。

     変な恩義も、後悔も、親しみも……
     なにもかも精算して、彼奴にはこの先を生きて欲しい。


     そう思っていたのだが……


     それなりに長い年月の後、俺は自分より遥かにデカイはずの男の旋毛を見つめていた。

    「ここで働かせてくださいッ!!!」

     深々と頭を下げた彼奴のバカデカい声が部屋に響き渡る。
     俺は眉間を押さえながら、どデカい溜め息を吐いた。
     誰が此奴にいらんことを吹き込んだかは、おおよそ見当がつく。片方だけでもよく見える赤毛がほんの少し恨めしかった。

    「……断る!
     俺は助手も何も望んでねぇ! 他を当たれ!」

     キッパリとそう告げるが、彼奴の鋭い金色の瞳は少しも引く気配を見せなかった。
    (こんなところで見るために、その瞳を取り戻したわけではないんだが……)
    「他に行く当てなどありません! どうか!
     お願いします! 老師!!」
     これ以上下げられない勢いで頭を下げる此奴を見ながら、再び溜め息が漏れる。
    (面倒なことになりそうだ……)

     ゆっくりと吐き出した薄荷色の煙は、この先の未来を予感するように緩やかに漂っていた。

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