イノと別れた後、ケイオスは名残雪と共に車で街を出た。
そして、そのまま道路を走り続けている。
運転席にケイオスが、後部座席に名残雪が座っている。
この車がどこへ向かっているのか、名残雪は知らない。
しかし、ケイオスにそれを聞く気はなかった。
そのうちケイオスから説明するだろうし、どこへ向かっていようとろくでもないことに付き合わされるのは同じなので、興味はなかった。
それに、ケイオスに地下へ閉じ込められて何十年も経っているのだから、向かう先が名残雪の知っているところとは限らない。
「……」
「……」
名残雪は必要最低限のこと以外はケイオスと話す気はなかったし、さきほどまでやかましく喋っていたケイオスも、今は黙っていた。
他の車もいないので、聞こえる音といえば、車の走行音と、風の音と、車のラジオから流れる音楽だけだ。
明るい、アップテンポなメロディーにのせて、若い女性が歌う。
この広い世界で私とあなたはお互いを見つけたの
何十億分の一の出会い それってきっと運命よね
「ふふっ」
ケイオスが思わずといったように笑う。
「ならさあ、僕も何十億人の中から君を見つけたんだ。これも運命と呼べるのかな?どう思う?」
「……」
名残雪は目を閉じ、腕を組んだまま黙っていたが、やがて薄くまぶたを開き、重々しく口を開いた。
「……ある意味ではそうなのだろう。あの時、貴様と出会ったせいで昔も今も貴様の悪事に加担させられているのだからな。あるいは災難……あるいは悪夢だ」
「ええー、酷いなあ。僕はさあ、君にまた会えてほっとしたんだよ?誰も僕の友達が地面の下に埋まってるとは思わないだろうし、隠したのはこの僕なんだから、そうそう他の奴らに見つかりっこないとは思ってたけどね。だけど、君は昔と同じ場所にいて……」
ハンドルを握ったまま、いつもよく彼の浮かべている軽薄そうな笑みで―名残雪の嫌いな表情で、ケイオスはわずかに顔を動かして名残雪を見る。
「昔と同じ殺意を僕に向けてきた。嬉しいよ」
「……」
何年もの間積み重ねられてきた自分の怒りや屈辱を―しかも、それは目の前の男が原因であるにもかかわらず―軽々しく扱うようなケイオスの言動に、名残雪はきつく眉を寄せる。
「はははっ」
ケイオスが前へと顔を戻しながら笑う。
「……ねえ、名残雪。僕は今両手でハンドルを持ってるし、君に背中を向けてるよね。君を法力で拘束もしてないし、君から刀も奪ってない。……僕を殺してみるかい?」
ケイオスがそう言い終わるか終わらないかというところで、彼の首は胴体から切り離された。
文字通り、目にも止まらぬ速さで。
名残雪が立ち上がり、腰に差した刀を抜いたのだ。
ケイオスの手がハンドルから離れ、車はスピードを落としながら、左へと曲がり始める。
「おっと……まさか、本当にそうするとはね。行動に移すのが早すぎない?ははっ」
しかし、名残雪が再び刀を鞘に収め、シートに座った頃には、ケイオスは片方の手で自分の首を拾い上げ、元あった場所にのせており、その傷は半分ほどくっついていた。
もう片方の手はハンドルを握り、車は元の通り真っ直ぐに道路を走り始める。
「ふふふ、失敗しちゃったね。……残念?」
ケイオスは首を切られる前と同じ、へらへらとした笑いを浮かべながら名残雪を見る。
「……」
名残雪は答えない。
さきほどケイオスの首を切った時と同じ、冷ややかで鋭い視線を彼へ向けたまま。
「僕のさっきの言葉は君への挑発だって分かってたはずなのに、どうして君は刀を抜いたの?」
「……何故だと?」
すでにケイオスは前方へと向き直っていたが、名残雪は変わらず彼を睨みつけている。
「絶ち筋を切っていないのだから死なないのは当然のこと。貴様があまりに喧しく、不愉快なので、首を切れば多少は静かになるかと思ってな。それでたまたま殺せれば都合が良い」
「うわー、怖いなあ」
そう言うケイオスの声は笑みを含んでおり、恐怖などはかけらも感じられない。
「……だが、次は必ず殺す。何回かかろうと、何年かかろうと……貴様の罪は貴様の命で償わせる。それが俺の罪に対する償いでもある。……とてもそれだけで償えるものではないが」
「……」
ケイオスはしばらく黙り、そして、
「……ふっ……はは、はははははっ!」
空を仰ぎ、大きく口を開けて笑いだした。
「名残雪!やっぱり僕は君のことが好きだなあ!何も変わってないよ、君は!君は強くて、真っ直ぐで……なのに、とても脆い。だから僕はあの時、君を取っておいたのさ。未来の僕に。お気に入りのアクセサリーを箱へ入れて、引き出しの一番奥へしまうみたいに」
「……」
「はあ……はあ……ふふふっ……」
ひとしきり笑ったあと、ケイオスは呼吸を整えてから、また瞳を細める。
「僕は感謝したいよ。昔の僕が君をあそこへしまっておいたことに。もしくは、君が変わらずにあそこにいてくれたことに」
「……」
名残雪が何十年もケイオスに封印された場所へいたのは彼の意思ではない。
名残雪の視線はますます険しいものになる。
それから、しばらくケイオスは黙って運転していたが、急に
「そうだ」
と言った。
「僕たちの再会を祝ってどこかで一杯やろうか?……って飲酒運転になっちゃうか。僕に法律が適用されるのかは知らないけどね。はははっ」
「……」
しかし、名残雪は何も言わない。
また、腕を組み、瞳を閉じている。
もう、これ以上ケイオスの言葉に耳を傾ける気も反応する気もなかった。
「ちょっと、何か言ってよ。断る、とか殺す、とかでもいいからさ。はあ……少しはお喋りしようよ。目的地まではしばらくある、君と僕のドライブはまだまだ続くっていうのにさ」
「……」
この男との旅など、今すぐにでも終わらせたい。
自分はこの車の行き着く先で何をするのか、その次は何をするのか―今度は何年この男に付き合わなければならないのか、そんなことは考えたくもない。
また、名残雪の眉間に深い溝ができる。
それはケイオスには見えていないだろうが、何かを感じ取ったのか、
「ははっ!」
と笑い声を上げた。
「……ところで、僕たちは次に何をするのか、そろそろ君に話しておかないとね」
「……」