紅葉色の糸物心ついた時から赤い糸が見えていた。
お化けみたいな怖い物も、自分の指からのびる赤い糸も、みんな見えないらしいと気が付いて、自分だけに見えてしまう存在に本気で悩んだ時期もあったけれど、真剣に悩み続けるというのは僕には向いていないようで、そういうものなのだと納得して生活をしてきた。
右手の小指に結ばれた赤い糸の先がどこへ向かうのかとても気になるけれど、自分の体から遠ざかるにつれて色は薄くなりやがて見えなくなってしまう。
ほどこうとしても触ることはできず、軽く引いてみても突っ張ることはない。
引っ張ったらかんたんにぷつんと切れてしまいそうな細い糸だけど、不思議と絡まりもせずいつもどこかへ向かっている。
これが俗に、運命の赤い糸と呼ばれるものなのではないかと思ったのは、中学二年生の時だった。
クラスメイトの女の子に呼び出され、告白された。
好きです。付き合ってください。
真っ赤になりながらもまっすぐ僕の目を見て気持ちを伝える女の子が、かわいらしいとは思ったけれど、その気持ちに僕は答えられないし、それは僕に向けられるべき言葉では無いとただぼんやりと思った。
何と言ったら彼女を傷つけず、この場を終わらせることが出来るのだろうか。そう悩んでいると、彼女は
灰原君は私の運命の人なんです。
と続けた。
クラスで流行っている占いの話だろうか。
まっすぐ見つめてくるその目から逃げたくて、ええと、と言いながら視線を下げる。ちらりと自分の右手を見ると、赤い糸は今日もそこにあった。
目の前の女の子の様子を伺うと、彼女の右手からものびる糸がちらりと見えた。
ああ、意識したらほかの人も糸も見えるんだ、なんて他人事のように関心する。
そして、やっぱり僕は君の運命の人なんかじゃないんだよと心の中で言った。
ちらりと見えた彼女の糸は、かわいらしいピンクがかった色をしていた。
僕の糸はオレンジが入ったような赤い色だった。
ありがとう。でも、ごめんね。
そう彼女に伝えるとひどく悲しそうな顔をして、去っていった。
素敵な本当の運命の人に出会えますようにとその背中に祈った。
僕のこの糸はいったい誰に繋がっているんだろう。自分の手を見ながらそう思う。
その後も僕に気持ちを伝えてくれる女の子は何人かいたけれど、やっぱり僕はその気持ちには答えられなくて、毎回女の子に悲しそうな顔をさせてしまっていた。
指からのびる赤い糸にもいろんな色があることにも気が付いた。
お化けのような存在と赤い糸が見えることで別に得なんてしないし、むしろ怖い嫌な思いをすることが多かったけれど、それがいつも通りの僕の生活として続いていた。
中学三年生の夏、このお化けのような存在が見えるのは僕だけではないと知らされた。
同じものが見える人たちが集まって学ぶ学校があるらしい。
呪霊について、呪術師について、軽く説明を聞いて僕はその学校へ進学することに決めた。
見えるのは僕だけじゃなかったんだ。この力で人の役に立てるんだ。そう思ってとても嬉しかった。
中学を卒業して、高専の寮へ引っ越した。
引っ越しと言ってもほとんどのものが寮に備え付けてあったので、身の回りの物と洋服と本を少し持ってきただけだった。
同級生は他にもう一人だけらしい。
あまりの少なさに驚いたが、どんな人だろう、仲良くできるかな、仲良くなりたいな、というわくわくした期待のほうが大きかった。
入学式の前日、高専の敷地内をぶらぶらと散歩していると、金色に近い薄い色の髪のすらっとした体型の人が歩いているのが見えた。
制服を着ているが、今まで会った先輩たちの誰とも違う後ろ姿で、僕の同級生かもしれない、そう思ったらその後ろ姿に声をかけて走り寄っていた。
振り向いた彼の姿を見た第一印象はなんてきれいな人だろうだった。
男の人に思うのは違うのかもしれないが、そう思ったのをはっきり覚えている。
「僕、灰原雄です。今年入学する一年生です。よろしくお願いします。」
そう一息で言って右手を差し出す。
「七海建人です。一年生です。よろしくお願いします。」
目の前のきれいな男の人はそう言って同じように右手を差し出した。
「同級生だ。嬉しい!」
ぎゅっと目をみて彼の右手を両手でつかんで握手をすると、彼は少し困ったように視線を外した。
「あ、ごめんね、嬉しくてつい」
慌てて両手をの力を抜くと、
「いえ、少し驚いただけなので。」
と言って握手を握り返してくれた。
「同級生は二人だけって聞いてたから。これからよろしくね。」
「こちらこそ、これからよろしくお願いします。」
こちらを見て微笑みながら言う彼の視線に顔が赤くなるのを感じて、今度は僕から視線を外すことになった。
握手している手にを見ると彼の指からのびる糸が見えた。
それは、僕と同じオレンジがかった赤色だった。握手を終えても僕は手から目が離せなかった。
自分の指からのびる糸の先をたどるとやっぱりいつも通りだんだんと見えなくなってしまう。
はじめて会った同じ色の人。
この人が糸の先に繋がる僕の運命の人なのだろうかとちらりと思ったが、ぶんぶんと頭を振ってその考えを消去する。
いや、運命だろうがそうでなかろうが、僕はこのきれいな人と仲良くなりたいし、きっと大好きになるだろうし、そしてこの学校生活がとても良いものになるに違いないと確信する。
「どうしましたか。」
七海が不思議そうに尋ねてくる。
「ううん。なんでもないよ。これからがすごい楽しみだなって。最高の学生生活にしようね。」
明日の入学式はどんな感じなんだろうね、なんて話をしながら二人で並んで寮に向かう。
きっと最高な日々が待っている。