無題*
(…何が起きた?)
ゼオンのこめかみからたらりと汗が垂れる。
自分自身も体力を消耗している上に、負傷により血液が不足している状態ではまともな状況把握が出来ない。
ずしりと腕にかかる重みと、戦場で色々な物の燃える臭いに混じって香るツンとした鉄のような匂い。
「ノア!」
いま、ゼオンの腕の中で命の灯火を燃やしているのは、我らがコロニー9のおくりびと、ノアだった。
油断していた。左翼の部隊が相手の攻撃により大打撃を受けたと報告を受けた一瞬の動揺で、目の前に迫る敵に気づくのが遅れたのだ。
ゼオンを庇うように手を広げた漆黒。はらりと落ちる羽根のように倒れ込むノアを慌てて抱き止める。
どうしてこんな前線にいるんだ。お前の持ち場は右翼の後方だった筈だ。そんな不平を述べたところで意識を失っているノアには届かない。
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