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    ※ケモ耳ショタ化
    疲れた悠大君がちはるに癒される話

    いーこ「ちはる、ただいま」

     玄関の鍵を施錠し声をかけつつ振り返ると、そこにはいつものように健気に待つ愛し子の姿があった。普段は凛々しくピンと立たせている狼耳は撫でられるのを待つかのように伏せられ、日課のブラッシングのおかげかふわふわと柔らかなしっぽは緩やかに揺れている。

    「今日もお留守番ありがとうね」

    「……?」

     目線を合わせるようにしゃがみ込んで告げると、ちはるはこちらを数秒じ、と見つめた後に不思議そうに首を傾げる。いつもならこのまま抱き締め頭を撫でるまでが一連の流れとなっており、それを理解しているちはるは受け入れるように瞼を閉じて待っているのだが。

    「ちはる? どうかした?」

     尚も大きな瞳で見つめてくる姿に何か不審な点でもあっただろうか、と疑問に思ったところで悠大は一つの心当たりに思い至る。

    「帰りが早いから変だと思ってる?」

    「……」

     俳優として活動している悠大には、会社員のような決まった出勤時刻や退勤時刻というものは無い。更に言えば共演者や撮影機材、天候の都合で時間が前後してしまうことも珍しくなく「この時間に帰る」と約束するのも難しいため、帰路につけることになった時点で今から帰るという旨の連絡を入れるようにしている。
     とはいえありがたいことに仕事の多い悠大の帰りは基本的に早くても夕方になるし、実際こうして昼過ぎと呼べる時間に帰ってくるのはちはるとの同居生活において滅多にないことだった。「もしかしたら寝てるかもしれない」という気遣い半分「早く帰ったら驚くかもしれない」という期待半分であえて連絡は入れなかった訳だが、出迎えてくれたちはるの様子は見事にいつも通りだったため後半に関しては空振りと言えるだろう。
     とにかく悠大は何の連絡もなくこんな早い時間に帰ってきたことを不思議がっているのだろうと思って問うたのだが、ちはるは肯定も否定もせずに大きな瞳でこちらを見つめるだけだ。
     引き取った頃のように警戒されることこそなくなったもののまだちはるが言葉を発したり感情をわかりやすく表に出すことは少なく、彼との意志疎通はこうして手探りになる部分が多い。とはいえ悠大はそんなちはるとのコミュニケーションを楽しみに生きているし、少しずつでも距離が縮まっているのを感じると幸せな気持ちになるのだった。
     変わらず向けられる大きな瞳に笑顔を返しつつ、「ちはる」と悠大は優しく呼びかける。

    「まだ外も明るいし、公園でボール遊びしようか」

    「!」

     悠大の言葉を聞き取ろうとぴこぴこと動いていた狼耳が、「ボール」という単語に反応しピンと立つ。同時に輝きを増した金色の瞳に口元を緩めながら、頭の中に用意しなければならないものを思い浮かべる。外で遊ぶ用のボールはもちろんだが、水分補給のための水筒や汗を拭くためのタオルも必要だろう。ちはるにも日焼け止めを塗って、それからあとは──。
     ててて、と可愛らしい足音がフローリングの床に響いたことで悠大は一度思考を中断する。音を追うように視線を走らせると、リビングに続く扉をくぐったちはるが窺うようにちらちらとこちらを見ていた。出かける準備が必要だということを理解しているのだろうか、やはりうちの子は天才に違いない等と少し大袈裟なことを考えながら悠大は靴を脱ぎ歩み寄る。するとその様子を確認したちはるは、悠大が追いつく前に逃げるようにまた可愛らしい足音を響かせた。
     そんなにボール遊びが楽しみなのだろうか。なるべくちはると過ごす時間を作っているつもりではいるが、どうしても仕事の関係で毎日好きなだけ出かけるという訳にはいかず散歩だけで済ませざるを得ない日も少なくない。ちはるは決してそれに対して文句を言ったり不満げな態度を示すことはないのだが、悠大は常々申し訳なく思っていた。だからこそマネージャーに無理を承知でスケジュールの調整をお願いし、こうして早めに帰れる日を作ってもらったのだ。とはいえ当然仕事の総量は変わらないので、その分他の日に過密かつ過酷なスケジュールをこなすことにはなるのだが。実際ここ数日は休憩らしい休憩も取れず、帰宅する頃には凄まじい疲労感に襲われていた。それでも毎日健気に玄関先で迎えてくれる愛し子の姿を目にするだけで疲れは一瞬で吹き飛んだし、今だって胸の内を占めるのは「頑張って良かった」という充足感ばかりだ。

    「……」

    「あれ、そっち行くの?」

     リビングをそのまま横切り寝室に続く扉を背伸びしながら開こうとする姿に悠大は首を傾げる。そしてその数秒後に、納得したように「あぁ」と声を零す。恐らく賢いこの子は着替えが必要なこともわかっているのだろう、と。
     普段ちはるが室内で身につけているのは主に悠大のシャツやワンピース型のルームウェアだ。毛量や毛質的にしっぽのボリュームが大きいちはるはどうしても市販のズボンに開けられたしっぽ穴では窮屈に感じてしまうらしい。中には穴が大きめに作られているものや調整が可能なものもあるのだが、そもそもしっぽの根本を布で囲われるということ自体に違和感や不快感を覚える子はちはるを含め少なくない。だから悠大はなるべく快適に過ごしてほしいと外出する時や人前に出る時以外は穿かせないようにしている。
     いっそどこかの土地を買って外から見えないように屋根と柵で覆った運動場でも作ろうか、いやそれより山を丸々買った方が早いかもしれないと頭の中で計画を練りながらちはるに続き寝室に足を踏み入れる。

    「……ちはる?」

     てっきり着替えのためにクローゼットの前に立って待っていると思っていたちはるは、予想に反してベッドの上に乗っていた。真っ白なシーツの敷かれた広いベッドに寝そべる訳でもなくちょこんと座る様子はショートケーキに乗せられたイチゴのようで、悠大は「この場景を今すぐカメラに収めたい」とスマートフォンに伸ばしそうになる手を抑え平静を装う。

    「どうしたの? 遊びに行かないの?」

    「……」

     床に膝を付き問いかけるも、言葉が返ってくることはない。

    「眠いの?」

    「……」

    「……もしかしてどこか痛い?」

    「っ……」

     最悪の可能性を想像して問いかけると、飼い主の緊迫感が伝わったのかちはるは彼にしては珍しく少し慌てたようにふるふると首を横に振る。その反応にひとまず安堵しつつ、悠大は再び首を傾げた。眠いわけでもなければ体調が悪いわけでもない。なのに大好きなボール遊びを放ってまでベッドの上で何をするでもなくただ座っている理由がわからない。
     あらゆる可能性を頭の中で巡らせていると、ぽすぽすと何とも緊張感のない音が耳に入る。どうやらちはるがベッドを叩いた音だったようで、その小さな右手はシーツの上で大きく開かれていた。

    「ちはる?」

     ぽすぽす。

    「えっと……俺も上がればいいの?」

     ぽすぽす。

    「じ、じゃあ上がるね?」

     相変わらず我が子の意図が読めないまま、とりあえず否定されていないからと宣言した通りベッドに乗り上げちはると向かい合うように腰を下ろした途端。
     ──ぽすん。

    「ちはる……!?」

    「……」

     突然糸の切れた操り人形のようにそのまま横方向に倒れたちはるに思わず声を上げ慌てて顔を覗き込むも、またもや返ってくるのはまっすぐ向けられた視線だけだった。何かを伝えようとこちらを見上げてくるもののその表情に苦しさは見受けられず、よく見るとしっぽもいつものようにぽふぽふと揺れている。どうやら体調不良等で倒れた訳ではなく、自ら横になったらしい。横向きに寝ていることによってしっぽのその動きがベッドを叩いているように見えることもあり、何となく促されている気分になった悠大は自信が持てないままちはると向かい合うように己も身を横たえる。

    「……」

     どうやら悠大の行動は間違ってはいなかったようで、ちはるは少しだけ目を細める。食事を頑張って食べきった時や知育のために与えられたパズルを完成させた時に見せるその仕草は達成感の現れだと悠大は知っていた。
     悠大がしっかり横になっていることを確認したちはるは、今度は元の体勢に戻るようにすっと身を起こす。その動作に悠大は今まさに浮かばせたばかりの「添い寝してほしかったのかもしれない」という推察を一瞬で打ち消した。
     ますます謎の深まるちはるの行動に自分も倣って起き上がるべきかどうか迷っていると。

    「……いーこ」

    「え、……」

     今日初めて耳にする我が子の声と発された言葉に思わず声を漏らし目を見張っていると、ちはるは小さな手を懸命にこちらに伸ばし──。

    「いーこ、いーこ」

     あまりに遠慮がちなその動きは、感覚としては触れられているのかどうか怪しいぐらいだ。それでも悠大は、ちはるから施される行為を「頭を撫でられている」と正しく認識する事が出来た。

    (だってこれ、俺がいつもやってることだし……!)

     悠大はことあるごとに大袈裟なほどにちはるを「良い子」と評し頭を撫でるようにしている。悠大の元に来る前のちはるはそうして褒められることが無かったようで、悠大が引き取った当初は褒められる度に不可解なものを見る目を向け頭を撫でられる度に警戒するように小さな身体を強ばらせていた。それでも根気よく些細なことでも讃えるよう「ちはるは良い子だね」と言い聞かせ優しく撫で続け、最近になってようやく素直にそれを享受してくれるようになったのだ。
     そんなちはるが、飼い主の行動をなぞっている。その事実に思わず「尊い……」と零し目元を手で覆った悠大だったが、結局我が子がこの一連の行動を起こすに至った理由がわからないままだ。

    「……ちはる、何で“いーこ”してくれるの?」

    「……」

     飼い主からの問いかけに撫でる手を止めてきょとんと瞳を瞬かせたちはるは、暫し思案するように視線を彷徨わせる。恐らくどう答えたものかと考えているのだろう。
     悠大はちはるを褒める際、その理由も聞かせるようにしている。「靴をちゃんと揃えられてえらいね」、「おもちゃお片付け出来るちはるは良い子だね」。そうやって悠大にかけられた言葉を賢いこの子供は逐一覚えており、一度褒められたことは次からも守るようにしている。今はとにかく自分との生活に慣れてもらうことを優先しているのであまりあれこれ教え込まないようにしているが、この分だと礼儀やマナーもきちんと教えればすぐに身につけてくれるだろうと悠大は踏んでいる。仮に身につかず悪い子に育ったとしても、自分がこの子を大事にし続けることに変わりはないのだけれど。
     悠大が改めて我が子への愛情を自認したところでちはるも考えがまとまったのか、その小さな口から抑揚の乏しい静かな言葉がゆっくりと吐き出される。

    「……ゆーら、……だ、ぃ。おしごと、がんばってる。
    きょー、かおくら、い? ……から、ねる」

     悠大、お仕事頑張ってる。今日、顔暗い。だから寝る。
     しゃべり慣れていないせいかテンポの悪い、舌っ足らずな言葉でも愛し子の言いたいことは理解出来た。要するに聡いこの子は悠大が疲弊しているのを見抜いて、遊びに行きたいという自分の欲求よりも飼い主を休ませることを優先したのだ。帰宅した悠大を見て首を傾げていたのは、飼い主の様子に違和感を覚えたからだったのだろう。
     悠大自身隠せていたつもりの疲れを察知するだけの鋭さと、尚且つ労ってくれる優しさを見せる我が子の姿に悠大は再度「尊い……」と口にせずにはいられない。

    「? とーと、……?」

    「そう。ちはるは尊いね」

    「んん……?」

    「良い子ってこと」

    「!」

     ありがとね、と寝そべったまま手を伸ばすと、頭に触れるよりも先に狼耳がぺこんと伏せられる。その様を見てそういえばただいまのハグをしそびれていたと思い出し、数度頭を撫でたその手で自分の胸元のあたりのシーツをぽんぽんと叩く。
     躊躇う様子もなくころんと横になった小さな身体を片手で抱きしめ、改めて癖のある髪を梳くように頭を撫でる。きゅう、と何かを噛みしめるように閉じられた瞼に口付けを落としたくなるのを我慢しながら「ちはる」と愛しい我が子の名前を呼んだ。

    「少しお昼寝したらボール遊びしにいこうね」

    「……うぅ」

    「俺なら大丈夫だよ。ちはるが“いーこ”してくれて元気出たから」

    「……」

     尚も飼い主を気遣い外出を逡巡する様子のちはるを宥めるように背中を撫でると、一応は納得してくれたようで数秒置いてこくりと控えめに頷く。
     実際口にした言葉に嘘はなかった。反抗や抵抗することこそなかったものの警戒心の塊のようだった子供が、自発的に他人を思いやって行動を起こせるようになったのだ。何らかの成果や見返りを求めて愛情を注いでいる訳ではないが、その成長をこの身で実感出来たのだから疲れが癒されない訳がなかった。
     この子と出会えて本当によかった。悠大はしみじみと思わずにはいられない。

    「……れ、も」

    「ん?」

    「おれも、“いーこ”されたら、げんきなる」

     ゆーだ、ぃにされるの、すき。
     幸せそうに細められた瞳と微かに笑みを浮かべた口元に、悠大が本日三度目の「尊い」を口にしスマートフォンを手にしたのは言うまでもない。
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