朱紅葉家に産まれた、一人の少女。
名は燐嘉。美しい黒髪が良く映える白い肌を持つ、綺麗な少女であった。
彼女が初めて物を欲しがったのは、お歳が四つ、五つのころ。
「おかあさま、りんかは、あれがほしいのです。」
淡々とした口調で話しながら、幼い彼女が見つめていたのは、本だった。
もしその本が、頭の上に落ちてきたりなんかしたときは
たとえお強い方であろうと、頭を手で押さえて呻くであろう。
その本は、幼い子供が読むには、あまりにも厚すぎる本であったのだ。
「燐嘉、あの本は貴方には少し早うございますよ。」
燐嘉の母はそう言いながら、子供の玩具が沢山置いてある商店へと、手を引こうとした。
そのとき。
ぺちんっ
燐嘉が、自分の手を握りしめていた、母の手を叩いた。
それでも、表情一つ変えない娘の姿を見て、母が感じたことは
「不気味だ」ということ。
まるで子供では無いようだ、ということ。
「こらこら、人を叩いてはいけませんよ。人に優しく、自分に厳しく。」
母が燐嘉の頭を撫でると、燐嘉は初めて、涼しい表情ではなくなった。
不思議そうな、それでいて少し怒っている様な、そんな表情になったのだ。
「りんか、じぶんじしんにきびしくするのはわかるのですが、ひとにやさしくせねばならないりゆうがわかりません。
ねぇおかあさま、なにもできぬにんげんに、どうじょうするのは、いみのないことでしてよ。」
確かにそうだ、そうなのだけれど。
人間としての優しさが、この子には欠けている。
母がそう思ったという事は、わざわざ言うまでもない。
「燐嘉、お母様の話をお聞きなさい。」
「はい、おかあさま。
もしかして、りんかがいったことが、おかしいことだったのですか。
おかあさまは、おいかりでありますか」
大きな瞳が、母をじっと見つめている。
彼女のちいさな手を握って、母はゆっくり話し出す。
「人に優しくするということは、人を正すということ。
人に優しくするということは、自分にも良い事が降りかかってくる、ということ。」
燐嘉はなにも言いませんでした。
話が終わっても、黙ったままでありました。
沈黙が流れていましたが、突然燐嘉は震える声で
「やさしいとは、ひとをただすこと…」
と、呟いたあと、何故かけらけら笑い出して、高らかに声を上げました。
「そうですか、おかあさま!
りんか、やさしいにんげんになります!
ひとをただすために!!!ひとがみなかんぺきであるように!!」
狂ったように宣言する娘を見て、母は思った。
この子は、ただの子供じゃない。
変えなければ。大きくなってしまう前に、彼女を変えなければ。
けらけらと笑い続ける彼女は、まるで悪魔のようであった。