双子リンボ&道満原稿〜 聖人じゃないから臓器は売りたくない。執着してでも手放したくないものだ。肺は二つあった方が良いし心臓は左側に欲しい。酒を嗜むなら肝臓も必要だし、骨は全部で二百六個あった方が良い――
楽しく生きるために必要なものは切り捨てられない。そういった感覚で互いに執着(?)してる成長期真っ盛りな二メートル手前の双子リンボ&道満ギャグ小話!
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あるところに双子の兄弟がおりました。
「普通ってなんなのでしょう」
カチカチと機械的な音を部屋に蔓延させながら男が問うた。ちらりと横目で見ると真剣に画面に向かっている横顔。回答が欲しくて言ったというより、なんとなく世間話程度に口から溢れたといった様子だった。っていうか真剣すぎないか? 親でも殺されたのかというくらい画面を睨んでいる男から視線を外し、己も手元にある機械に意識を集中させた。
「さあ? 少なくともゴール手前で罠を引っ掛けながら此方の無様を笑う準備をするのは普通ではないでしょう」
罠を回避しながらゴール手前でどちらが一位を取るかで揉める。カチカチと機械のボタンが悲鳴をあげ、隣の男と小突き合いも起こる。力加減がわからないのはお互い様で、全力で肘を飛ばしては躱した。青痣が増えるのは嫌なので回避にばかり意識が振られるのもまた、お互い様。ゲームが原因で身体中に痣をこさえるなどみっともないにも程があろう、そんなくだらない理由で手入れを欠かさない肌に傷がつくのはこう、やはり嫌というか馬鹿馬鹿しいというか。
「ンンン、往生際の悪い! 早い処死ねぇい!」
「これリンボ、口が悪い」
「貴方にだけは言われとうありませぬ! お死にあそばせ!」
「結局直すんじゃないです、か……っ! ンンッ、し……疾く去ね!」
「それ五十歩百歩では?」
さっさとゴールしてしまえばいいのに手前で争っているせいで、後ろから追い上げてきたコンピューターのキャラに抜かれ一位を逃し途端に脱力してゲーム機を投げた。相手の男ならまだしも、たかがコンピューター如きに遅れをとったなどとやる気が削がれるのも仕方がない。協力するふりをして最終局面で裏切り一人でゴールすればよかった。悔しい。
男――自分と寸分違わぬ見目をした双子の弟であるリンボもまた、退屈そうに対戦リザルトをスキップしている。協力するふりをしておけばよかった、とぼやいているのを聞き顔を顰めた。そんな姑息で卑怯な真似をしてでも勝ちを取りたかったのか? そも裏切りが前提の協力関係とはなんであろう。
つい先程までの自分を首が痛くなる程高い棚に上げながら男のことを睨みつけた。次こそ勝つ、絶対勝つ。
意思がブレまくっている自分の思考をずらして溜息混じりに声を投げた。
「それで? 普通とやらに疑問を抱く発端はなんなのです。その所為で気が散ったのですから贖罪がてら話しなさいな」
「おや? おやおやァ? あの程度で気が散るなどと、ンフフ。兄様はたいへん虚弱な精神でいらっしゃるのですねェ!」
「薄ら寒いことを言うな莫迦! 今日の夕飯、お前の分だけ青の着色調味料まるまる一本いれますよ⁉」
「それは……地味に嫌ですね……」
アメリカの菓子を再現しようと思って買い、途中で気変わりして結局使わなかった調味料を思い出して脅すと、想像してしまったのか微妙そうに顔を歪めた。
白米も味噌汁もおかずも全て青、それもブルーハワイのような目に鮮やかすぎる色だ。それら一色に染まった夕飯を己も思い描いてみる。描いてしまう。
「……」
「……」
自滅した。
「拙僧、人間とは少々事情が異なる身ではありませぬか」
「えぇ、まあ」
調味料の件を綺麗さっぱり記憶から消して、ゲーム機を操作しながら相槌をうつ。次は個人戦にしよう、対戦系にすれば裏切りだの協力だのも発生すまい。
「まあ元は人間でしたよ。母様の胎よりずるりと出た際は多分人でした。多分。貴方が拙僧など人でなくても構わないと何処ぞの妖に願うまでは人であったのでしょう」
事もなさげに男は淡々と告げる。
そう、男は。弟は見目こそ人間と同じではあるが本質のところでぐにゃりと歪んでいる。人ではないのだ。そして、そうしてしまったのは、そうあれと願ってしまったのは間違いなく自分だ。
弟は生まれつき体が弱かった。
生意気な態度に反してすぐに体調を崩し親につきっきりで看病されていた幼少期、きっとリンボ自身その頃には既に生への執着を捨てていたのだろう。気を失う一歩手前の熱があろうと、怪我をして血が止まるまいが、儂を引っ張り街を駆けて遊びまわった。儂がいくら言葉を尽くして止めても笑って流すばかり、それが最期の時まで自分の満足がいく生を謳歌するのだと言っているようで。そのくせ生き続けることにはなんの希望も見出さず刹那的に生きていた、そんな弟。
何故体を治そうとしないのか聞いたことがある。治ればいくらでも遊べるし、沢山悪戯だって仕掛けられ勉強だって出来る。その可能性を、幼いながらに頭を絞って懇切丁寧に説くも、リンボがこちらを見ることはなかった。病に臥せって、生と死の狭間を揺らいでいたのだから仕方がない。
それでも、応えがほしかった。
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自分とは違い上着を羽織っていてもわかる身体のラインを、嘲笑を込めて指摘する。所属している委員会のせいなのか、気紛れで外を歩き回っては散歩して昼寝して、を繰り返している自分との差なのか。十分に豊かな体つきの更に上を行く道満の身体は鍛え抜かれていて一切の無駄がない。将来はその身体を売って一攫千金狙えますね、とまあまあ現実味のある冗談を言えるくらいには肥えている、もとい豊満であった。
以前不意に思い立って背後から胸を揉んだときの道満から発せられた殺気と、クラスから湧いた黄色……いや黄土色? それから一部土気色の悲鳴に包まれたのは記憶に新しく、授業が始まるギリギリまで校内を走り回って最終的に先生方から二人仲良く追いかけ回されたのも良い思い出だ。
良い、思い出……なのだろうか?
その際、向けられる殺意とひしひし伝わる怒気やら恥やらに嗜虐か被虐か、うっかり昂ぶってしまって偶々すれ違った名前も知らない男子生徒を首が折れるくらいに抱きしめてしまったというオプション付きの思い出である。
道満ほど肥えていないとはいえそれも誤差の範囲内、首よ折れろと抱きしめたあの男子生徒がまだ現世に留まっているといいのだが。無論、虚偽であるが。
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「……」
「……」
「…………」
「…………ン!」
「あ、あぁっ⁉ これリンボ! やめなさい! ペッしなさい!」
「ンン! ンンンンーッ!」
「儂のぶんの卵焼き!」
*
リンボがあらゆる手を使って意識を逸らそうとしてこなければ大変に有意義な時間であっただろうに。此奴の勝利に対する拘りはなんなのだろう。
諾子殿が詠う。普段から滲み出ている溢れんばかりの快活さを抑えめにした、静かで落ち着きのある声が「こ」の一音を発した瞬間二人して同時に一枚の札を狙う。
「拙僧の蝉丸!」
「儂のマークした蝉丸!」
明らかに床を叩くだけの音でない破壊を思わせるような音を響かせながら札が宙を舞った。狙った札もそれに混じって空に浮き、ひらりとそれが風に攫われて――
「あぁっ!」
「蝉丸ーッ!」
「マジかよ……普通百人一首して札が窓から飛んでいくことある? 二人とも膂力やばない?」
*
空になったゴミ箱を台車に載せて部室へと帰る。なんだかすごく青春じみたことをしたなあ、なんて感慨に耽っているとリンボが元気よく声を上げた。
「ではバケツプリン第二段、といきましょうや!」
「やめなさい!」
「ンッンー」
「あっ、これリンボ! 待ちなさい! ンンンン!」
ぴゃっ、と走り出してしまったリンボを追いかけるべく地鳴りのように台車を引いて追いかける。
***
リンボと道満がクラスメイトと戯れたり無自覚で乳繰り合ったり、同級生で平安作家組が登場したり……謎の某最優も出てくる!?
アルバイト! 部活! 料理! 猫! よく分からんけどそんな感じ!
今秋発売予定「双子の魂千まで」をよろしくお願いします!
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「何かあったら一緒に逃げてやるくらいはしてあげますよ」
ですから、えぇ。どうか。
今度こそゴール手前で罠を仕掛けるなんてことはしないでくださいね。勝負がつきませぬ故。
「なんともありがたいことで。人を殺めるのと同じ方法で危害を加えられれば簡単に死んでしまえる身ですが、それでも地獄の入口くらいまででしたら拙僧も貴方の供をしてやっても構いません。ですから今度は裏切らずにアイテムの内容をつまびらかにしてください。裏をかかれて負けるなんて嫌ですので!」