残暑とスイカ 未だに蒸し暑い季節が続く日。汗ばむ陽気の中で、ウツシは大事な少女を誘うべく、自宅へとやってきた。勝手知ったる家とはいえ、相手は乙女なのだから気を使って戸を叩く。今日は狩猟の予定もないのでいるはずだろうと思っていれば、ゆっくりと戸をあけられた。
「こんにちは、教官」
「うん、こんにちは」
警戒心なく開かれたのだが、恐らく外にいるウツシの気配を感じ取って出てきたに違いない。普段の狩装束と異なり、動きやすそうで簡素な着物に身を包んだ少女の頭を撫でてやれば、すりっと彼の掌にすり寄って来た。
「何か御用ですか?」
「うん、ほらまだ暑い日が続いているからね
せっかくだから少し涼まない?」
「はい!」
ほら、と見せたのは巨大なスイカ。産まれたての赤子程の大きさのそれに少女が目を見開いた後、嬉しそうに微笑む。それにつられて笑った後で、少女の家に招かれた。室内に入れば、年頃の少女には不釣り合いの武器の数々。休みだからと手入れをしていたらしい。感心、と思いつつも香油の一つでも贈った方がいいのだろうかと柄にもない事を考える。
好意を抱いている愛らしい少女だからこそ、ウツシが贈ったもので満たされてほしいなんて独占欲に内心苦笑しながら、彼女が用意してくれたまな板の上にスイカを置いて、包丁で半分にすぱんと切った。それを更に半分にしてさらに等分する。まだ大きくはあるものの、食べやすい大きさになったそれを少女に渡せば、嬉しそうに口を付けた。
「わっあまい!」
「ふふ、ワカナさんにひときわ甘いのを選んでもらったんだ」
「さすがワカナさん……スイカ、川で冷やしたんですか?」
「うん、君のところに持ってくる直前までね」
「それはお手数をおかけいたしました」
「いやいや、お安い御用だよ」
なんて会話をしながら二人はスイカを食べていく。ここ数日は龍歴院やギルドの役員が百竜夜行の調査という名目で里を訪れていて、なかなか休息する機会もなかったのだ。おまけに少女は現場の案内、ウツシは伝達や護衛などと八面六臂の大活躍。暫くぶりの休暇になったとき、二人で半日以上寝ていたのは言うまでもない。
「あぁ、ほら」
「ん、む……」
けれど、忙しかった分この感覚は嬉しいのだ。少女の口元についたスイカの欠片を取ってやり、それを口に運ぶ。途端に頬が赤くなった彼女に嬉しくなって、そっと頬についた甘い汁を舐め取った。
「教官!」
「ふふ、油断大敵だよ」
「それでも!」
「暫くぶりだったんだから……それに俺だって限界があるんだよ?」
「う……ぐ」
まさかのとんでもない告白に、とうとう少女は首まで真っ赤になってしまった。スイカを持ってきた時点で気付くべきだったのだが、彼女もまた久方ぶりに『仕事』ではない会話ができるのが嬉しかったのだ。
「かわいい」
頬、唇の端、目じり。スイカを皿の上に置いたウツシは、固まっている少女を見てこれ幸いと口づけを落としていく。遠くで未だに現役の蝉の鳴き声を聞きながら、汗ばんだ首筋を撫でた。
「ひゃんっ!」
「いいね……ぞくぞくしちゃう」
「きょ、教官……」
彼の目はまさに獲物を狩る獣のようで、そんなウツシの視界に入ってしまえば動けるはずもない。少女が持ってるスイカの知るが手首にまで垂れて、それをそっと持ち上げて見せつけるように舐める。
「だ、だめ!」
「何が?」
本当は分かっているのだ。彼女が心底嫌がってなどいないことに。だって嫌だったのであれば、ウツシですらダメージを追うほどに抵抗するはずだ。それすら無いという事は、心の何処かで期待していたのだろうか。なんて身勝手な事を思って、内心ほくそ笑む。
――そうだ。俺だけ、俺だけを見て。
俺だけを視界に入れて、俺だけで満たされて……俺の吐息を食んでくれ。
腹の奥底で獣が鳴いて、もう一度少女の頬に口づけようとすれば――
ぺちん。
「あいたっ!」
可愛らしい音を立てて、少女の掌がウツシの唇を遮った。
「ふぁにするの」
もがもがと音を立てながら抗議すれば、少女は顔を真っ赤にしながらつぶやく。
「あ、明るいから……ダメです」
「明るくなければいいの?」
「……」
宙は未だに真っ青で、じわじわ蝉の鳴き声だけが聞こえている。明るく人の喧騒が聞こえていて、なるほど確かに少女にしてみれば恥ずかしいかもしれないとウツシが少女から身体を離して問えば、少女はこれまた恥ずかし気に頷く。つまり、夜であればいいという訳だ。
思わぬ言質を貰ったウツシとしては、舞い上がりそうな気分だったが、ここで下手を打てば今度こそお預けを食らいそうだったので慎重に言葉を選んでいく。
「わかった……なら夜になったら俺の家にいこう」
「……」
こくり、と意思を示した少女に嬉しくなって、ウツシは少女の耳元で囁いた。涙目になって真っ赤になった彼女がおいしそうで、舌なめずりをしたくなったところで、少女はウツシの着物を掴んで上目遣いで見つめてくる。
「あの、ね」
「うん」
「その……お昼はスイカ食べたり、一緒にお話ししたり……したいの」
ダメかな……。としおらしいお願いをされてしまう。
――あぁ、もう!
「完敗だぁ」
「へ?」
「なんでもないよ」
まったく、無自覚でこういう事を言ってくるから、この子はずるいのだ。残暑にかこつけて、逢引をしようとした自分が情けなくなって笑ってしまう。そっと彼女の身体を抱き上げて、自分の膝の上に降ろす。くっついた体温が暑いくらいだが、今のこの状況なら心地よいものだろう。
「そうだね、一緒にお話ししようか」
まだ時間はあるのだ。
これからたっぷり教えていけばいい。ウツシは笑って少女の首筋に顔を埋めて、甘え始めるのだった。