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    ChukanabeMH

    @ChukanabeMH

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    ChukanabeMH

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    ウツハン♀
    ホラー風味
    前作のつづきですが単体でも読めます

    恵雨 いいかい、愛弟子。いつもと違う雰囲気――なんていえばいいかな……違和感を感じたのなら、そこには近づかない方がいい。――え? 強いモンスターがいるから? うん。それもある。準備をせずに挑むと勝てないからきちんと逃げること。それよりもね――

     よくないものが来るからなんだよ。

     だから、知らないふりをすること、すぐに逃げること、決して返事はしないこと。
     じゃないと、現世と幽世の間に連れていかれることになるからね……。

     ぴちゃん、ぴちゃん。
     一定の水音が石を叩く音が聞こえる。急に降って来た雨は止まず、バケツをひっくり返したように視界を奪っていた。体に水滴が当たる度、少女の体温を奪っていく。
    「……」
     けれど少女の歩みは止まらず、一定の速度を保ったまま大社跡の道を進む。雨に濡れるのは嫌なのかモンスターたちもどこかに行っており、いたとしても水棲のモンスターだけだろう。
     それらに目的があるのか、と言われれば否である。
     彼女の視線は前だけ向いていている。いや、前だけしか見られない。
    『あぞぼうよぉおおおぉ……』
    「……」
     何故なら、少女の隣にはぴったりと寄り添うように、八尺を超える巨大な何かがいたのだから。黒く長い髪のようなものを頭部からはやしているが、手入れされていないのがわかるほどにぼさぼさで、その隙間から顔の面積の大半を占めている血走った目がぎょろりと少女を見つめている。ふしゅーふしゅーと獣のような息遣いとぼぼぼぼという音が聞こえ、こちらに興味があるのか、頬に手のようなものが触れようとする。

     ――いやいや、無理無理! 普通に怖い! 教官助けて!

     悲鳴を上げそうになる息を飲み込んで、思わず上がった手をごまかすように顔に持っていき、水滴をぬぐう。濡れた髪からは不快になるくらい水があふれた。
     耳元には赤子の笑い声と鳴き声を合わせたようなものと、しゃがれた言葉にならない声が聞こえる。振り返れないが、恐らく後ろにも人ならざらぬ何かがいるのだろう。
     経験則上、違和感を感じた場所には入らなかったのだが、この前うっかり逢魔が時に境界線に入り込んだせいか、何かたちは活発になっているようだ。まったくもっていい迷惑である。

     ――返事をしないこと。見ないこと。逃げ続けること。

     おそらく、この通り雨が止めば彼らもあきらめるだろう。こうしたちょっとした隙間に奴らは来るから厄介だ。
     あいにくと少女にはこれらを振り切る術はない。ないくせに好かれるという悲しき体質なのだ。ウツシから貰ったお守りを取り出す。マカライト鉱石(燕雀石)でできたそれは、本来であれば目の覚めるような綺麗な青だったのに、すっかり黒く変色している。

     ――うわ……。

    『ぞれいやああああぁぁっ!!』
    「……」
     隣に立っていた何かが悲鳴を上げる。
     祠など人の信仰が詰まった神域や、たたら場のような焔、誰かの無事を願ったお守り。これらを何かたちは嫌っているらしく、思いがこもったものや、明るいものというのに弱いらしい。
     故に、本来であれば少女は正の属性を持つ焔として存在しているはずなのである。だが、今現に悪いものに好かれているのだ。これについて以前ウツシから考察として語られたことがあった。

     ――本来であれば君は正の感情を持っているのだから、寄ってくるはずもないんだけどな……。愛弟子、君はおそらくあいつらにとって、誘蛾灯みたいなものなんじゃないかな。思わず引き寄せられてしまう明かりなんだよ。

     身も蓋もない言葉だが、本気で悩まされていた時期だったので、彼の言葉に多少なりとも納得したのもまた事実だった。

     そんなことを思い出しながら少女は、坂道を下りベースキャンプに戻ろうと足を進める。あそこには焚火だが火もある。そこまで逃げきれれば大丈夫なはずだと思っていれば、隣にいたはずの大柄の何かが、急に眼前に現れた。

    「――っひ!」

     不可抗力で悲鳴が漏れたが、相手はそう思わないだろう。巨大な目の下にある口がこれでもかと歪み、けたけたと笑う。
    『やっどみだぁあああああっ』
    「っ!」
     後ろも前も、げらげらけたけたと笑い声が聞こえて、思わず足が逃げ出そうとする。伸ばされた手が、足が、顔がこちらに使づいて――

    「その汚い手を離せよ、化物ども
     この娘はお前らが触れていいものじゃない」
     ぐしゃり、と紙を丸めるように目の間にいた何かが潰れて消えた。次々に後ろで破裂する音が聞こえ、少女が思わず振り返りそうになるのをウツシが抱き留めた。
    「おかえり、愛弟子」
     いつもの朗らかな口調で、いつもの体温で告げてくるものだから、思わず力が抜けてしまう。
    「っと……大丈夫?」
    「ひゃい」
    「通り雨が来たからもしやと思っていたけど、間に合ったみたいだね」
    「ありがとうございます。助かりました……!」
     子供のように抱っこされて恥ずかしくなるが、力が抜けた今はウツシに従った方がいいだろう。まったく普通にモンスターと戦っていたほうがまだましだ。
    「相変わらず君は好かれるね」
    「もっと別の何かに好かれたいですよ……」
     よりによってオトモ達に休みを取らせた採取中に……。とブツブツ言っている少女の額にウツシは口づけを落とす。ふと少女の手を見れば、ウツシが作ったお守りがあった。
    「もっと強力なやつ作らないとね」
    「うう……面目ない」
    「こればかりは仕方ないよ。また対策しよう」
     そう言ってウツシは里に向かって歩き始める。途中でぶちりと何かの残骸を踏みつぶしていたのだが、少女の耳にはもう届かないだろう。

     どうにかして少女と縁を結びたいのだろうが、そんなことはさせるものか。
     これは俺の番、俺の妻、俺の半身なのだから……お前らが入る隙間などありはしないのだ。
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