陽太郎×主人公 春先。サカモトにあるすべての桜が咲き誇り、花弁が風に乗って舞っていく。そんな穏やかな気候。蛸に憑かれた陽太郎は虎の活躍により、いつもの調子を取り戻したものの、もう片方はいまだに大蛇に憑かれたまま。手がかりがなく虎も陽太郎もしょぼくれていたのだが、当の本人は特に気にすることもなく、相変わらず料理作りに精を出していた。曰く、もう慣れたとのこと。
そんなある日の事。
いつも通り配達から帰って来た陽太郎は、縁側で気になっているあの人と話せないか、と足を運ぶ。時折体調が悪いと眠っていることもあるので、縁側で日向ぼっこしていればいいなと思っていたのだが――
「もー! くすぐったいよ」
「ふひひひっ!」
脳内を占めていた気になるあの人と、見ず知らずの子供が楽しそうに戯れていた場合は、どうすればいいのだろうか……。縁側に座り子供の頭を撫でているあの人と、甘えるように抱き着いてくすくす笑う子供の姿は、絵にはなる。絵になるのだが、どうにも面白くない。
それにあの子供は……。
「とーら、何してんの」
「おお! 戻ったか!」
「おかえりなさい」
「ただいま」
いまだに胸元に顔を埋め、笑う子供……もとい虎を引っぺがし、代わりに隣に座り込む。からからと子供らしからぬ所作で笑う幼子は、そのままいつもの狸のような姿に変化し座布団に座った。
「やれやれ、自覚がないのも困ったものだ」
「なにそれ」
居候に甘える姿は小動物のようだが、言っている言葉は老成している。指摘されて首を傾げる陽太郎に、虎はさらに追い打ちをかけた。
「なーんだ陽太郎。嫉妬してなかったとは言わせんぞ」
「なっ!」
途端に頬に朱が混じり、彼の目尻が吊り上がる。からかうなという言葉が表情に現れていて、虎はますます腹を抱えて笑うしかない。だが、今まで蚊帳の外で話を聞いていた居候は、と言えば……
「嫉妬?」
何ら自覚のないまま、首を傾げるだけ。その様子を見て、虎は思い切り落胆した。
「まぁ、お前はそういうやつだったな」
「え、本当になんで嫉妬っていう言葉が出てくるのかわからないんだけど……
ねえ、虎どういう――」
「わからなくていいです!」
「ええー……」
説明を求める。というように片手を上げた居候に、陽太郎は慌てて止める。このままだと虎が何を吹き込むか分かったものじゃない。
目の前で考え込む居候は、暫くしても答えが出ないとわかったのか、台所に行ってくるね。と縁側から草履を履いて去っていった。
「陽太郎、お前男ならもっと攻めてみろ」
「できる訳ないでしょ」
「ははーん? ヘタレというやつか?」
「ちが!! そうじゃなくて!
そもそも何で子供に化けていたの」
「あやつが望んだのだ!
親戚に子供が生まれたと言っていたぞ」
そういえば、そんな話を聞いた覚えがある。
「まぁ将来の予行練習というやつだな」
「とーらー?」
「む……」
そこまで言って、陽太郎からストップがかかった。あまり揶揄うと後が怖い。それを知っているから虎は口を噤む。
「はー……」
その様子を見て、片思いの自覚もない青年はため息をついた。
確かに、虎の言う通り。
あそこで甘えるのが自分だったら。という事は考えた。どうして見ず知らずの子供が甘えているのだろうと。そう思ったら頭の中が沸騰したように真っ赤になった。
羨ましい。ずるい。あそこにいるのは自分だ。そんな子供じみた感情が渦巻いて、自分が自分でなくなるような感覚。虎に指摘されなかったら、その感情に名前がないままだっただろう。
「……まだ」
まだ、どうか……。どうかこのままで。
別れはいつ来るかわからない。後悔しないようにしたいけれど……暫くはこの暖かい日だまりを享受したいのだ。