暗夜と閃光 けたけた笑うノイズみたいな、耳障りな声。誰も滅多に通らないトンネルはそれだけで不気味だ。
そんな中で肝試しなんてやるものだから、人間の心理というのはわからない。とはいえ――
「見えていないのなら、彼らにとっていないものと同じだからね」
「それで不調になられても困りますが」
「だから俺たちみたいなのがいるんじゃない」
トンネルの前に立つ男がくつくつと笑う。服装こそ、黒灰色のパーカーとジーンズだが、鍛えられた身体は岩をも彷彿とさせる。パーカーのフードと、翡翠色の狼と竜を掛け合わせたようなお面を付けているせいで、表情は見えないが声色は楽しそうだ。
その隣にいる少女は大きくため息をつく。こちらは狐を模した面を付けているが、服装は隣の男と同じようにパーカーとショートパンツを身に着けているだけ。
「で、今回はどんなかんじですか?」
「うん、めっちゃあふれているって聞いた」
「おあー」
緊張感のかけらもないまま、二人の会話は続いていく。
一歩踏み出せば、二人以外誰もいないはずのトンネルは、途端にざわざわと騒がしくなる。人ならざらぬ何かが少女の頬に触れて、はじけた。
「まったく、雑魚なのに触るなよ」
「何のために私がいるんですか」
「えー」
男が突き出した拳は、何かを正確に捉え壊していく。途端に霧散していくそれに、面の下で舌なめずりをする。見てくれこそ強そうなそれは、ただの烏合の衆だったようだ。
「ねえ愛弟子」
「なんでしょう」
「君が出るまでもなく終わりそうだ」
男はそう言うと少女の頭を一つ撫でて、軽く両手を振る。そのまま地面を蹴り跳躍し、黒い何かに突っ込んでいった。げらげらという笑い声に不快感こそあるが、それだけだ。
「やってみろよ」
獣が唸り、閃光が瞬く。その一瞬の間に、男の指には糸が巻き付いていた。
「これで俺に敵うと思うなんて、舐められているね」
指を引けば、無数に張り巡らされた糸が何かを切り裂いていく。まるで鎌鼬のようなそれは、男の得意とする技だ。見た目に反し繊細な技を使う彼はやがて消滅した何かを見て溜息をつく。
「量だけは一人前だね」
「まぁ、それでも倒さないと大変な事になりますから」
「うん、そうだね」
少女に言われ、彼は一つ頷くとつけていた面を外す。そこには金の瞳こそ珍しいものの、柔和そうな顔があった。目元の傷がなければ俳優かと思わんばかりの顔(かんばせ)である。
「さてお腹空いたし、報告だけあげてご飯食べに行こう」
「私なにもしていませんがね」
「いいのいいの、君は働きすぎだし」
「それを言うなら教官もですよー」
先ほどと同じような会話を繰り広げながら、男――ウツシはその場を後にする。
廃墟となったトンネルは、もう誰もいない。
ただ風が吹き抜けるだけだった。