あまいあまい。 それは、寒さもまだ厳しい如月の夜。日付ももうすぐ変わりそうだというのに、一人の少女が家の戸の前でうろうろしていた。手にしているのは里では見かけない、赤い愛らしい紙袋。うう、と小さく唸りながら何かを決心したかのようにそれをそっと置く。
「だ、大丈夫……教官他の人からももらっていたし、その中の一つだって思うもの」
そんな言い訳を一人呟いて少女は翔蟲を使ってその場を後にする。
バレンタイン、異国の商人……(という事にしておこう)のロンディーネよりもたらされた文化は、存外新しいもの好きの里に衝撃を与えたらしい。皆が皆感謝の意を込めてちょこれいとというお菓子を贈り合っている。無論、里一番のツワモノたる少女も自身の師に贈ろうと――したのである。
そう、彼女はすっかり忘れていたのだ。
普段は残念と称される彼の容姿は、整っているということに。
昼間に渡そうとすれば、里にやってきていた女性ハンターたち、ウツシが取り囲まれていていて渡すに渡せない。それなら後で渡せばいいか、と思っていたのだが……。
「なんか、私のよりも豪華だ……」
高そうな包装。そして少女よりも大人っぽい女性たち。途端に自分のものが陳腐に見えてしまって、そのまま集会所を後にする。その姿を、ウツシはじいっと見つめていた。
そんな訳で匿名として少女はウツシにちょこれいとを渡したのだが、集会所にやって来た途端ウツシはニコニコと笑ってこちらに近づいてきたのである。
「おはよう愛弟子」
「はい、おはようございます」
少女が挨拶すると、彼はいつものように少女を抱きしめてからすっと何かを取り出す。そこには少女が昨日置いておいた包装があった。
「あっ!」
「ありがとう、愛弟子!」
「な、なななっ!」
なんで!? という言葉をウツシはくつくつと笑って遮る。いつでも彼女を見ていたのだ。あんな可愛らしい状況見逃す訳がない。
「バレンタイン、でしょ」
「あ……ああ……」
羞恥で真っ赤になった彼女は、金魚のように口を開閉させて顔を覆う。もうだめだ。穴かがあったら入りたい。と呟いていれば、ウツシは少女のつむじに口づけた。
「だって、これは愛弟子からの親愛の証でしょ?」
この絆は誰にも断ち切れない。なんて言われれば仕方ない。惚れた弱みだと諦めて、少女は観念したように口を開いた。
「あの……」
「うん」
「他の人たちみたいに、高いお菓子でもないですし……それに、思った味じゃなくて……て、手作りよりもちゃんと職人さんが作った方が」
「えー、君の気持ちの方が大事だよ」
そう言われて少女は顔を上げる。とろりとした金の瞳と目があって、食べられると思った途端に、甘い何かが口の中を支配した。
「一日遅れのバレンタインなんだ
今日は一緒に楽しもうよ」