天におわしますは 神とは虚構のものである。
で、あるならば天の使いというのは、一体どのような存在なのだろうか。
そんな事をウツシは雨の降る街並みを眺めながら考える。自身も聖書に乗るような存在のくせして、その実リアリスト……悪く言えば無神論者なのである。
「信じる者は救われるねー」
様々な人を見てきた。神に祈る者もいればウツシにすがる者もいた。そうして思う。人というのは自分が信じたいものしか、信じないのだ。そりゃ思考の違いで争いも起きるし、いつまでたっても平和な世界なんて来ないだろう。
だからこそ人は成長するのだが……。
「何か用かい?」
ふと、背後にいた気配に声をかける。
見間違いであればそれはそれだが、気配はくすくすと笑って姿を現した。
「おにーさん、天使だ」
現れたのは、少女の形をした悪魔だった。悪魔らしい庇護をそそるような見た目に反し、その瞳には炎を宿していて、一見すれば武人のような雰囲気すらある。堕落とは無縁の、気高い魂にウツシは思わず目を見開く。
「そう、無神論者の天使だよ」
「それは異端者だね」
「だって、信じたって救われないのだもの」
「それもそうだね」
思わず皮肉で出た言葉は、彼女にはすんなりと受け入れられてしまった。異端者で片づけられて、ますますウツシは笑ってしまう。
「主よ、われらを救い給え。それだけ唱えて救われるのであれば、今頃人間はとっくに救われている
ね、悪魔狩りのおにーさん」
「気づいていたんだ
翼も随分と汚れてしまったのに」
そう言ってウツシが翼を見せる。
純白だったはずの翼は、灰のような色になっていた。どこかの天使曰く穢れらしい。
「うん、前に悪魔を殺しているのを見たからね」
「それで復讐に来たの?」
「ううん。その悪魔は人の摂理に反したのでしょう」
確かにその通りだ。狩った悪魔は人の理を壊そうとしたのだ。
けれど、いくら正当化されようが、相手に罪があろうがウツシは殺したのだ。それに気づいたとき、もうどうしようもなかった。動物を狩るように、同等ともいえる存在を殺したという事実は、どうしたって耐えきれなかった。
ふと、そのことを少女に漏らす。なんてことはない、ただ話を聞いてほしかったのだろう。
「ねえ」
「なんだい?」
「それならなんで逃げ(堕落し)ないの?」
「それ、は……」
ずっと考えていた。そして思っていた。きっと自分は清廉潔白な天使でいつづけるのは最初から無理だったのだと。だから少女の形をした悪魔に罪を告白したのだろう。懺悔室で告白する罪人のように。
「人に、人になってもいいのかもね」
「そっか」
それなら、と少女は笑う。
「私も人になる、何年先になるかわからないけど
あの悪魔を殺してくれて、ありがとうお兄さん」
その言葉に、悪魔の傍に幼い人間の子供がいたなとふと思い出す。あの時の子供が大人になったのであれば、こういう形なのだろう。
「だからあの時のお礼
きっと役に立つ」
そう言って渡されたのは、煉獄の石。
天の光よりも彼には一等明るく見えた。
「うん、先にいくね
またいつかどこかで。気高き焔よ」
そうして一人の天使が世界から消えた。
のちにとある石をもって生まれた子供が、生まれた赤子に対し盛大な告白をするのだが、それはまた別の話である。