紫煙と夏空 抜けるような雲一つない青空。
近くの雑木林では蝉がわんわんと鳴いている。
アスファルトに照り付ける日光は容赦ない。気温こそ暑いが湿度は低く、遊ぶにはぴったりの陽気だろう。事実、何処か遠くで子供たちのはしゃぐ声が聞こえている。
そんな日常の中で、まるでそこだけ切り取られたように、ウツシは黒いスーツを着込み、目の前に置いてある棺に手を触れる。
そこには、少女が一人横たわっていた。
花に囲まれて眠る彼女の表情は実に穏やかで、一見すれば本当に眠っているようにも見える。だが、呼吸はしていないし、胸も上下していない。
間違いなく、物言わぬ何かに変貌を遂げた彼女は、つい三日前まで生きていたのだ。
病気だった。
治るのが難しい奇病に属するもの。
一年前までは普通に過ごせていたはずなのに、病は無情にも彼女を蝕んでいった。
痛かっただろうに。
辛かっただろうに。
できることならかわってあげたいと、何度願ったことか。
日に日にやせ細っていく彼女を見て、やるせなさしかなかった。それでも、少女に降りかかる心無い声を遮断し、ウツシは彼女を守り続けた。二人でまた遊びに行こうと約束を取り付けて、楽しい事を考えて――だが、それも終ぞ叶う事はなかった。
ゆっくりと、眠るようにウツシの大切だった人は息を引き取った。
苦しまずに逝けたのだろうか。
そう思わずにいられない。
「あぁ……」
そっと少女に触れる。つい先日まで感じていた温度はもうない。
「本当に、本当にいなくなっちゃったんだ……」
ふわふわとした気持ちで、周りに支えられるようにして、半ば信じられない状況で葬儀を終えて、ようやく今ウツシの大切が死んだ事を自覚した。
ぼろぼろと流れる涙を止める術をなくし、ウツシはみっともない顔で少女を見る。
「あぁ……あぁ……っ」
だって、彼女はウツシにとって唯一だったのだ。
少女の入った棺は、今火葬場で煙を立てて燃えている。
未だに信じられない彼女の死を、ウツシはようやく泥のような思考回路から抜け出せた。
そのままずるずると喫煙所へ向かう。そこには、やはりというかフゲンが立っていた。普段の巌のような姿は少しばかりやつれていて、彼もまた、彼女を支えていた一人なのだと改めて理解する。否フゲンだけではないだろう。皆が皆、彼女の死を受け入れられないと嘆いていたのだから。
「フゲンさん」
「ウツシか」
「一本、貰ってもいいですか」
その言葉に、フゲンは無言で煙草の箱とライターを渡す。慣れた手つきで火につけてそれを吸う。メンソールのきつい味が舌を焼いた。
「止めたと聞いていたが」
「今日くらいは吸わないと無理です」
「……そうだな」
ふう、と息を吹く。煙草をやめて久しいが、やめるきっかけは彼女だったか。そんな何気ないことでも、あの子が影響している。
ウツシの人生の半分以上は少女が構成していて、そんな事を今更ながらに自覚した。
「大丈夫……ではないだろうな」
「はい」
ウツシが頷くと、フゲンは灰皿に吸い殻を落とす。戻るのかと思ったがそのままいてくれるらしい。
「後追いしそうになったら全力で止めてくれ」
「へ?」
「そう言っていたぞ」
「あぁ……」
フゲンの伝言は誰を指しているのか理解した。
あの子らしいとやつれた顔で笑って、煙を吐く。
忌々しい青空には、燃えていくあの子の煙と、自分の吐いた煙が立ち上って――やがて消えた。