我が身こそその唯一で在れと本丸から眺める風景はすでに秋桜に揺れているというのに身体に纏わりつく空気はいつまでも独特のこもった湿り気を帯びてあつい。
「主、惜しかった。」
暑さと過ぎた集中でもう何度目なのか記録に記すのも怪しくなってきた頃、近侍の声が鍛冶場へ静かに広がった。
額に流れる汗を拭ってゆく手のひらには労りが込められ、片膝をついて覗き込んでくる眼がこれ以上の鍛刀は否と告げている。
肺に満ちていた緊張を解き放つように、深い息をひとつ吐いた。
握りしめていた札がゆっくりと己の手を離れていくのを見送る。
札が近侍の胸に納められるのを見届け、その両の手を借りた。
重なった手のひらがどちらからともなく強く握られる。
必ず顕現させると意気込んだ手前、情けなさと申し訳なさが相まり遣る瀬なさに鼻の奥がつんとした。
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