小満『五月二十一日』
「古人曰く、蚕起食桑(かいこおきてくわをはむ)といいまして」
よっ、というかけ声と共に、菊がガラス瓶を調理台に乗せた。密閉されたガラス瓶は、一抱えほどもある。
調理台はこじんまりとしたカウンターのすぐ奧にある。木製の天板は、シンクの隣にあるにもかかわらず、良く乾いて清潔だった。
掃除も下ごしらえも済み、後は開店を待つばかりという時間帯だった。
巨大なガラスの密閉瓶の中でとろりと揺れる、透き徹った紅玉色の液体に、アルフレッドが目を輝かせる。
「WOW、イチゴシロップ! 今日はかき氷なのかい?」
菊が、微笑んで頭を振る。
「まだ五月ですよ。流石にかき氷には早すぎます」
先ほど言ったでしょう、蚕起食桑と。菊の言葉に、アルフレッドは笑顔のまま、頭の上に巨大な疑問符を浮かべる。顔にははっきりと『そんなこと言ったっけ?』と書かれている。
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