れんばん「妹がさ、結婚するんだよね。もうそんな歳かーって驚いたよ」
目の前にあるグラスがかいた汗を指先で拭いながら、俺はふと口を開く。
しとしとと降る雨の中、特に重い沈黙でもなかったが折角の時間に口を開かないのも勿体無いと思い、そういえばと思い出したように告げた。
目の前にいた同じバンド内のボーカルである七星蓮は、二、三度瞼を動かし、瞳に驚きの色を浮かべる。
「え、びっくりした!おめでとう!」
みるみる広がる笑顔に本当に祝福の想いを感じられて、こちらもつい頬がほころんだ。
「ありがとう、って言っても妹の話だけどさ。結婚式はまだまだ先だけど、ジューンブライドだーって言って籍は今月中に入れるんだって」
「そうなんだ。きっと素敵な花嫁さんになるよね、僕も見たいなぁ…」
「蓮くんも式に参列すればいいじゃない」
羨ましそうに悩む相手の姿を見て、俺はへらりと笑って答える。蓮くんとは家族ぐるみでの付き合いもあるため、妹は式に参列してほしいと言うだろうが彼の中では家族以外は参加してはいけないと思っているようだ。
蓮くんの眉尻が困ったように下がるのを眺め、その様子がかわいいなぁとつい緩む頬に叱咤する。
そう、まるで思い出したように始めた話題だが別に思い出したわけでも何でもない。
今日この話題を持ってきたのは目的があるからだ。
俺と蓮くんが出会って、アルゴナビスという繋がりの中で、いつしか恋人同士と呼ぶものになって気付けば妹が結婚するくらいの年月が過ぎた。
このままずっと一緒にいるんだろうな、とぼんやりと思っていた最中、妹の結婚の報告。
妹からの報告自体は可愛い妹を嫁にやるなんてと小さな嫉妬と、寂しさ、感じた成長、大きな喜びという気持ちで占められていた。
家族の集まりで家族全員で喜びを噛み締めてる中、父親が言った言葉に目を覚ましたような感覚になった。
「同じ人生を歩むという約束だな」
大きな口を開けて笑う父親は明らかに酔いから出た言葉だとはわかったが、その言葉は俺の胸を大きく締め付けた。
ずっと一緒にいるんだろうな、というぼんやりした霧が晴れたような感覚だった。
その言葉を聞いた日から辿り着いた結論は俺と蓮くんも結婚すればいいんだということだった。
その結論に辿り着いてからの俺の行動は早くて、実際に籍を入れる入れないにしても俺たちの中でけじめをつけられたらなと思い、思い立ったら吉日と計画を練った。
バンドの練習や私生活を含め、四六時中一緒にいるわけで「結婚しよう」を言うチャンスなんていくらでもある。
断られることはない、と頭でわかっていてももしかしたら、蓮くんはそこまでの気持ちではない、なんて不安がよぎってなかなか計画通りに進まない日々を送っていたが、とうとう流れを掴むことはできた。
世の中の結婚している男性はこの大一番を超えてきたのかと思うと、素直にすごいと感心する。
たいした時間も経っていないが、緊張からいつもより飲むペースの早くなった水分は、既にグラスの底に到達する寸前になっていた。
数秒前に潤した喉はカラカラな気がして言葉を発するために開いた口は空気を吐き出して終わる。
ーーー情けない。
たいして時間は経ってないが、まだどうやって花嫁姿を見ようか悩む相手を見つめ頬杖をつく。
目線を上げると、首を軽く右に傾けながら顎に手を当てて考える相手の姿が可愛くて、自然と顔が綻ぶ。
萎んでいた勇気が湧き上がるのを感じて、俺は再度口を開いた。
「あのさ」
「そうだ」
見事に被った言葉に2人で顔を見合わせる。
ぷっと吹き出してしまった俺は、そのまま蓮くんに口を開く順番を譲ることにした。
「どうしたの?」
「僕と万浬はそもそももう家族だから、僕も家族として見に行っても大丈夫だよね」
そういう蓮くんはすっきりした笑顔をしている。
俺の開いた口はあんぐりとまた大きく開き、じわじわと耳に熱が集まるのを感じた。
そんな様子に気付きもしない相手は楽しそうに会話を続ける。
「万浬と家族なことが当たり前すぎて逆に気づかなかった。ごめんね、変なことで悩んじゃった」
そう言うと蓮くんは少し恥ずかしそうにはにかんだ。
胸の奥を熱い何かが締め付ける。
込み上げる熱い何かを吐き出すように自然と口が開いた。
「あのさ、蓮くんーー」
「結婚しよ」