メルとブランドンのやつ同じ種族だというのに、あの人とはそこまで話をしたことがなかった。
あの人はメルをひどく嫌っていたようだったし(だから頻繁に一方的に怒鳴ってきたり嫌味を言ってきたりした。うんざりするほどには)周りも関わるのはよせと言ってきたりした。
あの人がいなくなった今、メルはたまにあの人のことを思い出している。
そういえば、一回だけ怒鳴りもせずに嫌味も言わずに話しかけてくれたことがあったっけ。だなんて。
「お前、なんで人とつるんでるんだよ」
食堂で突然隣の席に座ってきたブランドンは、口を開くなりそんな事を聞いてきた。
メルは直前に食べていた炒め物に入っていた唐辛子でヒリヒリと熱く痺れる舌を氷水で冷やしていたが、その言葉を聞くとコップをテーブルに置いた。カラン、と氷が涼しい音を立てる。
「人とつるんでる気はないんですけど……そう見えますか?」
つるんでる、とまるで悪いことのように言われてメルは若干嫌な気分になった。
「見えるね。お前の周りにいるやつ、どっちも人間でたまにお前をいじってんじゃねえか」
どっちも、という事は親友のフランとライノックスか。メルは直感した。
確かに自分の周りには人間がたくさんいる。フランやライノックス、親友と呼べる2人はどちらも人間だ。
「確かに2人は友達ですけど。でも種族を気にした事はないですよ。いじるのが好きなのはそういう性格だからだと思いますし」
メルは手の太い指と指を絡ませながら言った。彼と話していると、なんだか圧迫されているようで手遊びせずにはいられない感じがある。緊張感とでもいうのだろうか。
「お人よしなんだな」
小馬鹿にするような、笑いが混ざった言い方にメルは緊張感が苛立ちと困惑に変わるのを感じた。
口調とは裏腹にブランドンの表情は、無だ。
「何が言いたいんですか?」
「お前も人に色々されたんだろ。南から来たハーリガならまだしもここら辺のハーリガは全員そうだ」
「そう、ですけど」
色々。色々と言うにはあまりにも重すぎる出来事が脳裏に浮かんでは消えていく。
おおよそ生き物が受けるべきではない扱いをされ続けた。親友達と同じ形をした種族にだ。
「お前だって憎いんじゃねえのか? に……」
人間が、と彼が続ける前にメルは口を開く。
「憎くないと言ったら嘘になります」
答えにするには曖昧すぎる、と思った。だがそれが今の彼に相応しい答えだった。
メルは続ける。少なくともあなたのように過去を反芻し続けてわざと現在を台無しにするような人にはなりたくはないという言葉を飲み込んで。
「僕は人間に物扱いされてきました。でも、あの2人は僕を僕として見てくれてる」
「そうかよ」
ブランドンは冷めた口調で言った。
くだらないと今にも口にしそうな呆れ返った声色だ。
そんなブランドンに、メルは不意に意地悪を言ってしまいたくなった。
そうして、深く考えもせずに頭の中に降ってきた言葉を口にした。
「ニュートさんは、ずっと昔の事を引きずってるんですね」
それは意地悪というよりは彼の本心だった。さっき飲み込んだ言葉と同じような意味だった。
言ってしまってからメルは「あ、これは殴られるだけじゃ済まないかも」と思い、こっそり身構える。
しかし意外にもブランドンは何も言わなかった。ただテーブルの上で握りしめた拳だけが震えている。
ブランドンは立ち上がると、そのまま黙って立ち去った。
あの時彼が何を思っていたのか、未だにメルは分からない。
だが、いつものように怒鳴ったり憎まれ口を叩かなかったのはきっと自分の言葉が「図星」だったからかもしれない、と彼は思うのだった。