2021.10.31(ハロウィン)「ジムのイベントで仮装をしなくちゃいけなくなったのだけれど、ぼくはどうしたらいいと思う?」
そんな相談を受けたのが1ヶ月前。オレは即答で任せてくださいと引き受けた。それもあんたらがお察しの通り、超絶食い気味に、だ。
ただ残念ながら、カブさんはオレが恋人だからと頼ってくれたわけではないらしい。そういうイベント事に慣れていて、且つ同性だからキバナくんが最適だと思っただけ、だそう。ちょっとフクザツな気もしたが、違うヤツに頼んでいたらと思うと切な過ぎるし、要はオレの器量を頼ってくれたわけだから、その辺は結果オーライということで深堀りしないでいただきたい。
で、かわいい愛しの恋人改め、ベテランのイケオジムリーダーをどうしてやろうかとオレは1ヶ月間悩みに悩んだ。
メイド、ナース、チャイナ、あとミコ辺りは個人的に見てみたい。ぜひとも、いや、どうしても見たい。だが披露するのはジムのイベントで、観客は純粋な老若男女が入り混じっている。だから今回のオレは苦汁を舐めた上に辛酸をも飲み込むしかなかったわけだ。カブさんを不埒な目で見ても許されるのはオレさまだけの特権だからな。
そして来たる10月31日。オレは朝イチでフライゴンに乗ってエンジンジムに赴いた。空は朝から晴天で、風がエンジンの街中に煙る蒸気を箒みたいに履く涼しい日。上空から眺めた街並みは、赤レンガの建物たちと散りばめられたハロウィンの装飾が完璧なくらいハマっていた。
だが地上はマジでやばかった。荷物を抱えたオレとフライゴンがエンジンジムに降り立つと、いったいどこから聞きつけたのか、オレのファンまでもがジムに詰めかけていたのである。ジムに来た子にお菓子を配るただのハロウィンイベントなんだけど。だがされどハロウィンイベントなのは、オレもファンたちも同じらしい。
ファンサをしながら人混みを掻き分けてジム内の控室まで行くと、カブさんはいつものユニフォームを着て待っていた。
「無理を言ってごめんね。完全に頼ってしまったけれど」
「お安い御用です。それにオレさま、そういう才能もあるんで」
ドヤって荷物を机の上に広げると、カブさんは感嘆の声を上げてくれた。
「わ……、すごいね」
「だろだろ? キバナさま渾身のプロデュース衣装ですからね」
オレが肩口を持ってカブさんの身体に当てたのは、白と黒をベースに紫の装飾をあしらった豪奢なドレス。ゴス系だけど一応メンズっぽくは作ったし、スカート部分も実はワイドパンツになっている。モチーフはもちろんシャンデラだ。ほのおとゴーストの複合タイプはその家系しか存在しないし、ヒトモシとオソロになるんだからおあつらえ向きだったんだよな。
衣装は当ててみただけで、最高に似合うとオレは確信した。やはり持つべきものはファンション仲間とお得意先のブティック様だ。
「でもこれ、本当にぼくが着るのかい?」
カブさんは未知の生物と相対したかのようにドレスの構造を探っている。
「あったりまえでしょ。オレめちゃくちゃ真面目に考えたんすから」
「それは本当にありがとう。でもなんと言うか、ちょっとぼくにはお洒落過ぎて。きみの方が似合いそう」
「だいじょぶだいじょぶ。カブさん自分が思ってるよりずっとカッコいいんだからさ」
言うと、カブさんはもごもごと閉口してしまう。そういえばかわいいは腐るほど言うけど、カッコいいはあんまり言ったことがなかったのかも。
「あ、でも袴みたいな感じかな。それならたしかに大丈夫かも」
「ハカマ? あー、たしかにそうかも? ちなみにサイズはピッタリのはずですよ。なんたってオレさまプロデュースの特注なんで」
素直にドレスと受け取らないカブさんに今度はちょっとイヤミを込めて、言外に「恋人の」を足してみた。カブさんはそれに気付いてくれたのか、着替えてきます、と気恥ずかしそうに衣装を抱えて更衣室に潜り込む。
待っている間はこれでもかという程にそわそわした。だってオレの考えた服をカブさん着てくれるんだぜ? 心臓がうるさいのは仕方がない。頬がニヤけるのも仕方がない。
想像上ではバッチリなのだが、やっぱりホンモノには構えてしまう。
やがて興奮した声とともにカブさんが出てきて、オレは言葉を失った。
「ねぇキバナくん、すごい! すごいよこの衣装、とっても素敵でカッコいい!」
その弾ける笑顔でオレの1ヶ月の努力は昇天した。オレさま一流のファンションデザイナーにもなれるんじゃねぇかな。カブさん専属だけどな。
「本当にシャンデラくんみたい。ヒトモシたちも喜んでくれるかな」
そう言ってカブさんはシャンデラみたいにくるりと回ってドレープの裾と愛嬌を振り撒いた。たしかシャンデラの図鑑説明文には怖いことが書いてあったはずなのに、こんなに無邪気でかわいいシャンデラだったら全くなんにも怖くない。
「キバナくんもイベント来るよね?」
「もちろん。オレも着替えたら行きます。なんでかファンも来てますし」
「じゃあ先に行って待っているね。それから、衣装本当にありがとう。きみに頼んでよかったよ。やっぱりキバナくんが一番ぼくのことをわかってくれているんだね」
え、とオレが答える前に、カブさんは超ご機嫌で裾と愛嬌を翻して控室を出て行った。
その時オレは、閉まる扉を見ながら思い出してしまった。シャンデラの図鑑説明文は、「シャンデラの炎に包まれると、魂が吸い取られ、燃やされる」だ。