アシュアネ小説進捗(大学生現パロ)学生が休憩所として利用する屋外テラス。そこでアネット、メルセデス、イングリットの3人がテーブルを囲み、談笑を楽しんでいたーー
「ゲホッゲホッ」
「あらあら〜、イングリット大丈夫?」
そう言ってメルセデスは紅茶を淹れる。イングリットは手渡されたそれを口に含むとふうと息を吐いた。
「すみません、あまりにも衝撃的だったもので.....」
「突然ごめんね....」
「謝らなくていいのよ、アン」
「そうです、こうして私たちに話をするということはとても悩んでいるのでしょう?」
イングリットの言葉にコクリとアネットは頷く。
そう、アネットは今猛烈に悩んでいたのだ。
付き合い始めて半年が経つというのに未だ手を出してこないアッシュに.....!!!!
我儘なloveを君に(仮題)
「あたしばっかりがモヤモヤしてるのかなって思ったらなんだか自信無くしてきちゃって.....キスも、優しくしかされたことないんだよ......?」
「情熱的にされたいってことかしら?」
「違っ!いや、違わないけどっ......!もっといっぱいしてくれてもいいじゃないと思って....」
ほお.....と感嘆に似たような声が上がる。アネットは顔を林檎のように真っ赤にして俯いた。
「あたしが欲張りすぎるだけなのかなぁ.....」
アネットが申し訳なさそうな声で呟くと、メルセデスが背中をさすり、イングリットが顔を覗かせた。
「そんなことないわ。好きなんでしょう、彼のことが。だったら何も変なことないわ〜」
「そうですよ、アネットがそう思える相手がいるというのは微笑ましいことです」
「ありがとう.....」
2人の優しさにアネットの胸はじんと熱くなる。メルセデスは少し考えた様子で口を開いた。
「一つ聞きたいのだけれど、お互いのお家には行ったことはあるのかしら〜?」
「うん。あたしの家にもアッシュの家にも行ったことあるよ。でも何もなかったの.....」
2人とも自宅が大学から遠いため、下宿をしている。お互いの家を行き来したことがあるのなら、いつそういった雰囲気になってもおかしくはないはずだ。なのに、アッシュは本当に何もしてこない。まるで自分ばかりがいやらしいことを考えているようで、アネットは自身が心底嫌になった。
「あたしが邪すぎるだけなのかもしれないけど......」
「そ、そんなことありません!きっとアッシュにも何か考えがあるんですよ」
「そうね、私もきっとそうだと思うわ〜」
再び紅茶を淹れ、テーブルに置かれた茶菓子を口にする一同。アネットが小さく溜息をつくとイングリットがおずおずと口を開き始めた。
「あの、アネット」
「何?」
「来週のクリスマスはどうするんですか?」
「くりすます........」
言葉を口にし、アネットはハッとする。そうだクリスマス。特大イベントがもうすぐあるではないか。
「やだ、あたしったら忘れてた......」
「アン、ずっと忙しくしているでしょう?すごいわ〜、先生になるんだもの」
アネットは教職課程をとっている。最近は実習や課題で忙しかったが.....そんなことを言ってはいられない。なぜなら、クリスマスは年に一度しかないのだから。
「そっか。今年はアッシュと過ごしてもいいんだね」
「えぇ、それに聖夜だもの。きっといいことがあるわ〜」
聖夜。メルセデスの言葉にアネットは思考を巡らせる。いつもは家族や友人と過ごしていたアネットだが、アッシュとお付き合いをしている今年は彼と過ごすことも選択肢に入れてもおかしなことではない。というか推奨されるだろう。何せクリスマスはカップルにとって一大イベントであり性なる夜なんて言ったりするくらいだ。
性なる夜。
アネットはふんわりと想像する。ベッドの軋む音。お互いの息づかい。肌と肌を合わせ身を委ねる姿。そんな情景を頭に浮かべ、アネットは更に顔を熱らせた。
「あらあら〜」
「何か思い当たる節があったのですか?」
「ちょっと色々考えちゃっただけ!!」
「アンの今の顔をアッシュにも見せてあげたいわ〜」
「もう、メーチェったら....」
くすくすとメルセデスとイングリットがお互い顔を見合わせて笑う。もう、2人とも揶揄うのが上手いんだから。なんて思いながらアネットは紅茶を一口含んだ。
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「アッシュあのね、来週空いてるかな」
講義が終わり、2人は帰路を共にしていた。
「来週って....」
「クリスマス.....予定空いてる.......?あたしの家でクリスマスパーティとかどうかな.......?」
しどろもどろ口にした後、アネットは俯きながら答えを待つ。クリスマスの予定を聞くなんて、なんだか誘ってるようで恥ずかしい。そんな風に思う自分も考えすぎなようで余計に恥ずかしい。アネットは真っ赤にした頬を隠すように耳にかけていた髪を解いた。
「空いてますけど.......ご家族と過ごしたりしないんですか.....?」
顔を真っ赤に染めるアネットとは対照的にきょとんとした顔でアッシュが尋ねる。アネットは俯いたまま、ポツリと答えた。
「うん、それもいいけど.......あたしはアッシュと過ごしたいな」
「そう、ですか........僕も君と過ごしたいです」
アッシュの言葉にアネットの表情がパッと明るくなる。嬉しい。アネットは思わずその場でスキップをした。
「じゃあ、決まりでいい?」
「勿論です」
「ふふ、やったぁ」
スキップする足は止まらない。嬉しいな。アッシュと一緒にクリスマスが過ごせるだなんて。先程メルセデスとイングリットと話していた時は、願わくば手を出して欲しいなんて話をしていたが、今はアッシュと一緒に過ごす時間が増えたことがなによりも嬉しかった。本当は何も要らないのかもしれない、彼が側にさえいてくれれば........。
「アネット!」
「わっ!」
溝に足が挟まり状態がグラリと傾く。そこをすかさずアッシュがアネットの体を受け止めた。
「大丈夫ですか?」
「ご、ごめん....平気.....」
アッシュに助けられ、嬉しいような申し訳ないような気持ちになる。またスキップしちゃいたいがこれ以上はやめておこう。
「ありがとう、アッシュ」
そう言ってアネットはにっこりと笑う。そう、彼が一緒にさえいてくれれば何も要らないはず。だけど、やっぱりもっと近くで感じていたいと思うのはどうしてだろうか。せめて、せめて今くらいはーーー
「どうしたんですか?」
「な、なんでもない」
手を繋ぎたい、なんて欲張りかな。
「手、繋ぎますか?」
「えっ」
「あ、いや、なんとなく繋ぎたいなって。だめですか?」
「う、うん。お願い.....」
見透かされたようなタイミングでアネットの心臓はドキリと跳ねる。おずおずと手を差し出すと、一本ずつ指が絡め取られ、ぎゅっと握り締められた。
「.......っ」
指先からアッシュの体温が伝わる。ぎゅっと握り締め返すと彼も静かに握り返してくれる。その優しさにアネットの胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
(好き、だなぁ......)
アネットは幸せを噛み締める。そして、再び歩き出すと二人で過ごす帰り道を楽しんだ。
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クリスマスまでの間、アネットを待っていたのはやはり課題の山だった。あれからアッシュとは予定が合わずろくに会えていない。つまりクリスマスまでお預け状態ということだ。
「うまくできてるかな....」
そして、アネットにはクリスマスどうしてもやりたいことがあった。それは.......
「きゃー!なんでこうなっちゃうのー!」
丸焦げの楕円状のスポンジがオーブンから取り出される。そう、彼女はクリスマスケーキを作ろうとしていた。
「うう、なにがいけないのかなぁ....」
そう言ってアネットは焦げたスポンジを切り抜いて皿に盛り付けた。
課題の合間を縫って何度も練習を試みているがいつもどこかで失敗してしまう。あまりの成功のしなさに絶望感が凄まじいが、オーブンを壊さないだけまだマシなのかもしれない。
「とびきり甘いの、作りたいんだけどなぁ....」
アッシュも甘いものが好きだから、きっと許してくれるはずだ。ただ、肝心のスポンジができなければ意味がない。
「市販のものもあるけど......やっぱり自分で作りたいよね.......」
だが、練習するには時間がない。アネットは焦げたスポンジを夜食に課題に取り掛かる。顎先をペンでとんとんと叩きながら、頭の片隅はケーキ作りのことを考えていた。
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「お疲れ様です」
「おう、お疲れ」
アルバイトを終えたアッシュは店長に挨拶をし、店の裏口を出た。外はもう真っ暗でマフラーから白い息が出るほど冷え込んでいた。リンリンリンと陽気な音楽と色とりどりのイルミネーションが街を包む。もうじきクリスマスが迫っているからだ。
「あたしの家でクリスマスパーティとかどうかな.......?」
数日前のアネットの言葉を思い出す。まさか彼女の方からお誘いがあるなんて思ってもいなかった。一応予定は開けていたが、忙しそうにしているし、彼女のことを考えてプレゼントだけ渡して終わろうかと考えていたところだった。
「あたしはアッシュと一緒に過ごしたいな」
潤んだ瞳で見つめられ、思わず心臓がドキリと音を立てる。今まで彼女に一切手を出してこなかったが、そろそろ限界かもしれない。だが、彼女に触れた時の自分は一体どうなってしまうんだろうか。
「アネットを、傷つけたくないな.....」
そう呟くと同時に白い息がふわりと舞う。
アネットが大事だ。ずっと大切にしたいと思っている。だけど、クリスマスで男女で過ごすということはつまりそういうことで.....。いや、彼女は深くは考えてないかもしれない。でもあの時耳まで真っ赤にしていたアネットの表情をアッシュはばっちりと見ていたのだ。
アネット、僕は君のことを.......
----好きだから、大事にしたいんだ。
アッシュは思わずギュッと唇を噛む。そして月明かりに照らされながら、思考をグルグルと巡らせていた。