ウツボバースデー(トレジェイ)「いかがでしょうか、トレイさん?」
そう言ってバースデー衣装でご機嫌にくるりと回って見せる恋人は無条件で可愛い。
最初にお見せしたかったので!とアポ無しでハーツラビュルの自室に突撃されても可愛い。
普段は落ち着いてみえるのに、誕生日と言うイベントに浮き足立って夜中でも自分に会いに来てくれる行動も年相応で可愛い。
ウキウキし過ぎて恋人の部屋に深夜にお邪魔してしまう危機感の無さも相手が自分であれば可愛いだけだ。
「……トレイさん?」
「……あ!あぁ、似合ってるよ。」
何とか返答を絞り出すが、恋人はじっとこちらを伺っている。
脳内で可愛いが渋滞して、態度として出力されていなかったらしい。
反応の鈍さを訝しまれてしまった。
しかし、周囲からは双子の実はヤバい方とか物騒なウツボとか言われていても自分にとっては可愛い恋人だ。
可愛い恋人が可愛い笑顔を振り撒きながら可愛い行動をしていれば、可愛いが乗算されて飽和するのは普通だと思う。
「やはり、こう言ったカジュアルな物は似合いませんか?」
「いやいやいや、ちゃんと似合ってる!本当だって!ただ、俺はファッションに関してはよく分からんし、感想とか言われても上手く言えない……コラ、笑うな。」
焦って、ファッションに関しては無い語録が更に消失している。
幼児でももう少し具体性を持って褒めるだろうに、兎に角似合うしか出てこない。
そんな様子を面白がる恋人は、頑張って空回る自分をクスクスと笑い始めてしまった。
「ふふっ、何とか褒めようとしてくれた努力は認めて差し上げます。」
「…そりゃ、ありがとう。」
空回る様がそんなに面白かったのか。
楽しげな笑顔に苦笑を返しながらも恋人の機嫌が直ったことは喜ばしい。
いくら情緒が無いと言われる自分でも、誕生日を控えた恋人を不機嫌にしてしまうのはあんまりな事は理解しているのだ。
「改めて、うん、似合ってるのは本当だよ。……………ただ、な?その、スカジャンのボタン、留めとくのか?」
「?ええ、そのつもりですが…どうかしました?」
初見の衝撃(可愛いの飽和)と恋人の機嫌の心配がなくなれば、努めて冷静にバースデー衣装の彼を見る事もできなくは無い。
そして気になったのが今年のバースデー衣装の特徴とも言えるスカジャンである。
否、スカジャンに因って強調される細腰である。
長身だが自分と比べて細身な事は知っていた。
しかし、制服もオクタヴィネル寮服もジャケットがある。
運動着や実験着もある程度余裕のある作りになっているので、着崩す様な性格でもない彼の腰回りが晒される事は無かったのである。
それが、今は。
ジャケットよりゆったりしたシルエットながら袖口や裾は締まったデザインのスカジャンは、腰回りを絞る様にフィットして上半身とのギャップをより強調している。
何より、ショート丈故にその下に続くスラックスに包まれた小ぶりなヒップラインは無防備に晒されているのだ。
(……コレは、危険じゃないか?こんな無防備な上に可愛い格好して一日過ごすなんて…!せめて腰を強調するスカジャンは留めないでくれ!)
もし、ここにハーツラビュルの面々またはオクタヴィネルの2人が居れば、男子校であるNRCで、ヤバいと恐れられるウツボの人魚をそんな目で見られるのはお前だけだと指摘してくれただろう。
ついでに曇り切った眼鏡を替えろ、とも。
しかし今は深夜で、ここに居るのは曇り切った眼鏡を持つ部屋の主とその恋人だけである。
ツッコミ不在。
「トレイさん?」
「うーん、前開けた方が良く無いか?…ほら、フロイドも閉めないだろうし。」
「……フロイド、ですか?」
苦笑しながら、やんわりと。
怪訝そうな恋人にだした要望は、本音を誤魔化す為に彼の兄弟の名が添えられた。
「えーと、その、去年のジャケットも前開けてただろ?誕生日は兄弟お揃いなのかなって!」
「去年の…そうでしたか?」
「そうだったよ。だから、今年も開けて着たらどうかって、思って…?」
「どうして途中から自信なくなってるんです?」
「いや、ファッションの事は分からん、から?」
「……………」
「……………」
続きを促す様な恋人の無言に対して、しかし言える事は無かった。
気まずくなって逸らした顔に視線を感じるが、続きは本当に無い。
それを察してくれたのだろう、沈黙を廃してくれたのは恋人の方だった。
「……まあ、良いです。前を開けて着た方がよいのですね?」
言いながらスカジャンのボタンを外す。
広がった裾は腰回りのラインをやんわり隠してくれて、一先ず安堵できた。
「うん、その方が良い。ありがとう。」
「はい。では誕生日一日、この着こなしで過ごします。」
その言葉に、更に安堵が深くなる。
ヒップラインは隠せないが、腰から無防備に晒されるより随分とマシだった。
「……ところで、トレイさん?」
「ん?」
「もう0時を過ぎたのですが、言う事はありませんか?」
じっ…と先程より強くこちらを伺う眼差しに、ははっと笑いが漏れた。
もうそんな時間だったのか。
「誕生日おめでとう、ジェイド。
今ここで、俺と一緒にいてくれて、ありがとうな。」
「ふふっ!……はい、僕も、ありがとうございます!」
1番乗りのお祝い。
バースデー衣装で満面の笑みをくれる恋人は、やはりとても可愛かった。