妄想その1
チェズレイがモクマを置いて一人で危険なことしようとする
「それはさ、ちょっと危険すぎやしないかい?」
「いえ、これは、私個人の問題ですから。モクマさんには関係ありません。今回あなたの手出しは無用です」
たしかに世界征服への道のりを共に歩んでいく約束はしたのだ。だがこれは完全に私怨である。この人にはなんの関係もない。そもそも相棒などいなくともこれまで一人で何もかも対処してきたのだから。そんなことこの人だってわかっているはずなのに。なぜ今回はんなにも聞き分けがないのだろう。扉の前に立ち塞がった男は己のいく先を遮ったまま、そこを動こうとはしない。
「だめだよ、チェズレイ。お前さんを一人で行かせるわけにはいかない」
「では、強制的にどいていただきましょうか」
いつになく真剣な表情をする男に杖に隠した細身の刃物を抜き放つ。眉一つ動かさずに男は己を厳しい目でみつめていた。無防備な喉元へとそれを突きつけてやっても微動だにしない。こんなもので動じる男ではないことは十分にわかっているけれど、それでも己とて本気なのだ。
「では歌って差し上げましょうか……『ド』『レ』……」
「チェズレイ」
音階を唱え始めた己の耳に、己の名を呼ぶ静かな声が聞こえてきた。それと同時に感じたのは一瞬の浮遊感。気がつけばひどい圧迫感と共に己の体は冷たい床の上に仰向けに押さえつけられていた。そればかりか刃物を持っていたはずの手は後ろ手に男に捻りあげられている。関節の稼働範囲を超えて捻りあげられた腕に思わず苦鳴を漏らしてしまう。
「これは没収ね」
「──あなた、こんなご趣味があったんですねぇ。さすがは自他ともに認める下衆だ」
あっさりと刃物を取り上げた男の声はひどく楽しそうだ。力づくで床に押さえつけられるなど酷い屈辱である。
「この期に及んで余裕だねえ。お前さん、そうやって催眠をかけるふりでもしとけば、俺ならいなせると思ってないかい?──馬鹿にされたもんだ」
妄想その2
チェズレイのことをよく思ってない敵(兄弟?)とかにチェズレイがつかまる
「お前のやり口はわかっているんだ。催眠さえ通用しなければこの俺に勝てるわけがない」
「なるほど、少しは知恵をつけたようですね」
己の手首ををぎりぎりと締め上げる力は片手の割には相当なものだ。さすがに図体だけがでかいだけのことはある。壁に押さえつけられた体が引き上げられて宙に浮いてしまう。
「涼しい顔してられるのも今のうちだぞ。もうあの男は来やしない。散々お前の過去の非道を吹き込んでやったからな」
マフィアのボスとしてどれだけのことを己がしてきたのか。どのみちあの人に隠すつもりは毛頭なかったけれど。できることなら自らの口から告げたかった。
「それはそれは、随分と暇人なのですね、あなた」
それでも動揺したそぶりなど見せればつけあがるだけだ。
「あの時は世話になったからな」
野蛮な男が空いた手で首を締め付けてくる。
「このままへし折ってやろうか。それとも窒息させてやろうか」
「……っ……」
さすがに頸動脈をぎりぎりと絞めつけられて呼吸が乱れる。しかも素手だ。嫌悪感と息苦しさに意識が朦朧としてしまう。己を締め付ける力はますます強くなる一方だ。みしみしと首の骨が嫌な音をたて、目の前の景色が白んでいく。
「チェズレイ!」
ああ、幻聴まで聞こえてきたのだろうか。あの人の声が聞こえる。
「貴様!……ぐわっ」
ふいに男の怒号が響き渡り、己を引き上げる力が失われた。急激に支えを失った己の体はその場に情けなくも沈み込んでしまう。
「大丈夫かい?」
「……モクマ、さ……」
目の前にいたはずの巨漢は、鎖鎌を構えた小柄な男に足元でふみつけにされていた。一体何が起きたのか。
「大事な相棒によくも酷いことしてくれたもんだ」
「貴様……今にみてろ……後悔させてやる」
うめき声をあげる男が、ドスの効いた声で、悔し紛れに吐き捨てる。この人がそんなものに動じるはずもないのに。案の定、ぐりぐらりと、足元の巨漢を踏みつけながら男は、薄暗い笑みを浮かべた。
「この期に及んで余裕だねえ。俺ならいなせると思ってないかい?──馬鹿にされたもんだ」
地を這うような低い声。普段のこの人からは想像できない底冷えのするほどの声だった。あの鍾乳洞でみせた己に対する憤りや決意の表情とも違う。前世からの仇にでもであったかのような、恐ろしいまでの怒りだ。ああ、まだ己の知らない顔をこの人は隠し持っていたのか。
「ぐぁぁ……」
一際大きな声を上げた男が助けを求めるように伸ばした手が、パタリと沈む。気を失ったのだろう。
「まあ、たしかにチェズレイは悪党だよ。けど、俺は約束したからね。一生の」
足蹴にした巨漢を解放した男がぽつりと呟く。気を失った男にはそんな台詞聞こえていないはずだ。
「モクマさん……」
振り返った男の瞳は己の知る穏やかな男のものへと戻っていた。
「どんな過去でも受け止める覚悟が無かったら、そんな約束しやしないさ。もう逃げられないのはお前さんの方なんだよ」
「それは物好きな──あなた、こんなご趣味があったんですねぇ。さすがは自他ともに認める下衆だ」
その3
ちょっとエッチな展開
「っチェズレイ」
男の手が伸ばされて己の腕を掴んだ。そう思ったのも束の間、次の瞬間己の体はベットの上へと押し倒されていた。いつも見下ろす男に見下ろされている。それだけでなぜか気分が昂まる。
「お前さん、男に抱かれるってどういうことかわかってる?指切りみたいな綺麗な触れ合いじゃないよ……」
「わかってますよ。あなたにならどこにふれられたって構わない」
この人の本気がみたい、そう思って仕掛けたのは己の方だ。この人には、己を本気でどうこうする気はないのだ。そうたかを括っていたのに。まさかこうして本気になってくれるとは思わなかった。垣間見える雄の表情にぞくぞくと眩暈がする。
「煽ったのはお前さんだよ」
低い声で囁いた男の手が、衣服の襟元へとかかった。嫌な予感がする。
「モクマさん!あなた、何を……」
一瞬のことに、止める間もなかった。びりびりと高い音をたて、纏っていた衣服が引き裂かれていく。途端に外気に晒された素肌がふるりと震えた。
「チェズレイ。お前さんが何を勘違いしてるかわからないけど、おじさんだって男だからね」
切羽詰まった表情に思わずごくりと唾を飲む。この人は本気で己を欲しがっているのだ。
「嫌だって言ってもやめてやらないよ」
「ああ、モクマさん、いい表情ですよ」
にやりと笑みを見せれば、男もそこ意地の悪い笑みを返してくる。
「この期に及んで余裕だねえ。俺ならいなせると思ってないかい?──馬鹿にされたもんだ」
己を見下ろしてくるのは、獣のような欲望を湛えた雄の瞳だ。引き裂かれた衣服はその辺りの安物ではない。それでもこんな欲望丸出しの瞳を見られたのならそれはそれで十分に等価の価値がある。
「力では私が叶わぬことを知っていてこうして無理矢理押さえつける──あなた、こんなご趣味があったんですねぇ。さすがは自他ともに認める下衆だ」