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    nabe_no_moto

    @nabe_no_moto

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    nabe_no_moto

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    先日Xで書いたチヒ柴チヒ(未遂)のセリフの清書版。
    チヒくんの告白でどちらにでも転べるのでチヒ柴チヒと言い張ります。

    辛くも逃走、成功 なんでや。
     柴の脳内は句読点込みの五字で埋め尽くされた。
     妖刀を巡る毘灼との戦いは幕を下ろした。戦後処理は半年以上かかったが斉天戦争はそれ以上の時間を要したわけであるし、当然と癒えば当然だろう。
     事の起こりは五分前。
     チヒロの復讐も終わり彼を含む少年達がやっと戦いのない日常に馴染み始めてほんの少し経ったある日、柴はいつか伯理に妖術の解説をした公園で一服しているとチヒロがやってきた。
     伯理はヒナオのお使いでおらず、シャルは学校にいる時間。当たり前のはずなのに、二人きりになるのがとても懐かしく思えた。
    「こうやって話すんのも久しぶりやなぁ」
    「最近は忙しかったですから」
     ブランコを囲む柵に腰掛ける。チヒロの膝くらいの高さしかないので柴にとってはしゃがみこむような体勢になるが、その程度で足腰を痛めるほど弱くはない。
    「薊さんはまだ忙しそうでしたけど」
    「せやなぁ。俺らと違って神奈備はまだまだ仕事も山積みや。そのうちパンダみたいな顔でサボりに来るでアレは」
     もう一人の友人を皮切りに、他愛もない話が続く。どうでもいい話は今までも散々やってきた。しかし、外にいながら周囲に神経を張り巡らせずに話ができたのは本当に久しぶりなような気がした。
     自然と話が途切れ、少しだけ沈黙がある。
     穏やかな空気、少し離れたところを走り回る子供達の声。
     場所も人も違うのに、それはどうしてか在りし日の六平家の居間を思い出させた。
     だからだろうか。
    「柴さん、好きです」
     チヒロの言葉に虚を突かれた。
    「待ってチヒロくん、もう一回言うてくれる?」
     聞き流せばいいのにそう言ってしまったのは反射だ。即座にやっぱなしと訂正しようとするもチヒロの方が一歩早く、わかりましたの次にまた柴さんが好きですと言葉が続く。
     すき。
     隙。
     確かに隙はあるだろう。だからこそ今こうやって口を開けたまま固まってしまっている。
     鋤。
     父のような刀鍛冶になりたいと言っていたが農家にでも転身する気なのか。いや、むしろ農具を作る道に進むというのだろうか。んなワケあるかい。
     空き。
     駐車場が空いていたということか。柴は車で来ているが、既に駐車済みである。
     数寄、梳き、漉き、様々な同音異義語が浮かんでくるが、好きという言葉だけは頑なに出てこようとはしなかった。
     俺が、なんて?
     何がどうしてチヒロに好きだと言われているのだろうか。もちろん柴もチヒロのことは好きだ。しかしそれは親友の息子、被保護対象、仲間としての好きに分類されている。
     だがここで気づく。好きと言われたからとはいえ、チヒロの言う好きが今の自分が敢えて除外した感情だという証拠はない。
     早合点してしまったことを内心恥じながら、急にどうしたんやと笑って返す。
    「もちろん、ライスやんな?」
    「ライス……ライクでは?」
     思いっきり噛んで突っ込まれた。なんやライスって。このタイミングで米ってどういうことや。
    「場を和ませる親父ギャグにマジ返しせんといて!?」
     噛んだだけだが、格好がつかないので親父ギャグということにして誤魔化す。だがチヒロが内心で親父ギャグなのか……? と疑問に思っているのでこの誤魔化しはまったく機能していない。柴は畳み掛けるようにほら! と声をあげる。
    「ライスとライクって似とるし! 韻も踏めるし!」
     韻踏めたとこでなんやねん。ラップバトルでも始めるつもりか。
     柴が言われた側であればそう突っ込んだだろうが、チヒロは頭の上に? を出現させただけでなぜか納得しているようだった。
     彼の性格形成を担った父親がなかなかに面白おかしい人物だったので柴の頓珍漢な言い訳も真面目に受け取って納得しているようだが、これでいいのかと思わずにはいられない。
     しかし柴自身もその人格形成の一端を担っているわけなのだが、それに気づいてはいないようだった。
    「確かにそうですね。で、話を戻すんですが」
    「(戻さんでえぇんやで!!)」
     このまま有耶無耶にしようとしていたのに即座に話を軌道修正されてしまう。顔には出していないものの柴の内側で心臓は夏祭りの和太鼓並みに鼓動を刻んでいるし、昼に食べたサバ味噌定食の鯖が生き返って跳ねているのかと思うくらいに胃が荒れている。
     しかしそんな柴の内蔵系の異常などチヒロには知る由もないので、いつものように表情を変えず淡々と続けた。
    「確かにライクでもあるんですが、どちらかといえばラブの方ですね」
     ラブ。
     英語で書くとLOVE。
     その言葉の意味を思い浮かべようとして真っ先に出てきたのは「I LOVE 米(麺)」というダサいTシャツのプリントだった。続けて現れたのは両裾を持ってウインクしているチヒロの父親である。
     六平お前……息子が四十路のオッサン、しかも自分のダチに告ってる言うのにそんなアホみたいな登場の仕方でええんか? と素で突っ込んだが、若い時分からお互いそんな感じだったのでもう不可抗力かもしれない。そもそも柴の記憶の中の六平国重なのでむしろこれが正解なのである。
     しかし、ラブだと言い切られてしまった。どうする、どうやって切り抜ける!? 歴戦の猛者である柴であっても、親友の息子から告白されるのは想定外を通り過ぎて蒼天の霹靂。どんな対応をするべきなのかは神奈備時代から今に至る脳内トラブル対応マニュアルを検索しても出てこない。
     半世紀には届かないもそれなりには生きいてる柴であっても、思考の果てに弾き出した詰んだの三文字だった。どないせえっちゅーねん。
     どんな言葉で言いくるめればいいのか、それを考えて思考がまた動く。傷つけず、さりとて今の関係を壊さず親戚くらいの距離感を保てるだけの言葉を脳内で探す。
     このときまた親友の姿が脳内に現れたのだが、どうして人の脳内で平泳ぎをしているのか。思考の海だからか。泳いでいるからには代わりに言葉を探してくれるのかと思うが、相手は記憶であろうと六平国重。まともな言葉を見つけてくるはずもなかった。
     万事休す。こうなれば柴に取れる手はただ一つ。
    「チヒくんがラブって言うてんのなんか違和感あるな……」
     逃げること。これに尽きる。
     妖術で物理的に逃げることも可能だが、さすがにそれは大人としての矜持が許さなかった。話題を無理矢理変えるよりは物理的に逃げた方が体勢を立て直すためには有効だし、何より混乱しているのであれば一度距離を置いて改めて断る方が正しい(柴調べ)のだが、今まさに混乱しているせいで悪手を取ってしまうのであった。
    「チヒロはライクって言うてる方が似合うと思うで!」
     ラブではなく、ライクであると少しずつ方向性を変えていく。柴の言葉であれば比較的素直に受け入れるチヒロであれば、ラブではなくライクだと思ってくれるに違いない。
     柴の思惑は間違ってはいないだろう。
     だがその方法が効くのは相手が無自覚である場合。時間をかけてその気持ちは恋慕ではなく友誼や敬愛であると刷り込むことも可能だろうが、チヒロは柴に対する感情を恋慕であると確定しているので軌道修正はもう不可能に近い。というか不可能だった。
     ラブよりライク……チヒロが小さな声で繰り返す。そうやで! ラブよりライクやで! そのままオッサンへの恋なんて気のせいやったと気づいてくれチヒロくん!
     その程度でチヒロの気持ちが変わるはずはないのだが、感情性バイアスという言葉が存在しているように客観的に物事を見ているつもりでも感情によって主観的になっていることに柴は気づいていない。
    「ラブやライクよりも好きの方が性に合う気がします」
     わかるぅー!! チヒロくんはそっちのが似合うわ!!
     もう自分が何を考えているのかすら定かではない。どうやってこの場を切り抜けようかと考えてみてもその前に追撃があるので後手に回らざるを得ないのだ。
     待ってと言いたいがきっと待ってくれないのだろう。ここまでくると、普段は話を聞いてくれるチヒロも(たぶん)緊張してそれどころではないことが何となくわかる。しかしだからこそ待ってほしい。
    「なのでもう一度言います」
     だから本当に待ってほしい。無言の訴えは所詮無言なので聞こえる事はない。
    「柴さん、好きです。もちろん恋愛という意味なので、もうさっきみたいに逃げないでくださいね」
     表情はまったくと言っていいほど変わっていないが自分を見上げてくる目力は強い。熱が宿っているのは戦う時と同じだが、籠る熱の種類は殺し合いのソレとは違うように思えた。
     頭の中は混乱しきりで何でという言葉も浮かばずむしろ恐慌状態に近い。
     何とか意識が現状復帰を果たし、
     チヒロの期待と熱を孕んだ目と目があった。
    「うせやん」
     先手必勝、三十六計逃げるに如かず。この世は逃げた方が勝ちなので手印を組んで妖術を発動する。柴はこの日ほど自分の妖術が空間転移であったことに感謝したことはなかった。
     後から話を聞いた薊からは最悪の称号を頂いたがそんなことは知ったことではない。
    「どーしょっかなー……」
     意識はしていなかったが転移したのは自分の車の中。チヒロから少しでも距離を取れたことに安堵してハンドルに額をつけながら呟くも、誰も返事はくれなかった。
     
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