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    yu.

    @huwa_awa

    タル鍾・ちょっと伏せたい絵置き場

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    タル鍾小説短編『朝、空の移る港』

    2人で港の朝日を眺める話。『夜、月の眠る部屋』と対になる形です。
    こちらは仄かに鍾離先生視点。

    朝、空の移る港 暗い室内で、ふと目が覚めた。

     朝日が昇る時間にはまだ遠く、夜の静まった空気が辺りを満たしている。薄青い平滑な壁と、同じく青みがかった色を被りながら、月の光をつややかに返す、焦茶色の柱が視界に映る。
     横になっていた身体を起こして、枕のすぐ上に位置する窓に手を伸ばす。自身の身じろぎで生まれる、微かな衣擦れだけが聞こえる夜だ。軽く手のひらで押すと、かたん、と小さな音を立てて、蝶番が動き窓枠が畳まれる。そうして切り取って現れた紺色の空が、薄闇の中で輝く琥珀の目に映り、仄かに青い月が空にあることを認識する。しかし夜明けが近いようで、月は真上ではなく、山の向こうへと渡る道の途中であった。寝直すかどうか暫く考えたが、窓から流れ込んだ夜風で、眠気が飛ばされてしまった様だった。
    「少し外を歩くか」
     誰に言うでもなく、ひとりでそう呟く。何時もよりは早い時間帯だが、まあそういう日もあるだろう。寝台を降りて軽く身支度を済ませると、鍾離は自室を出た。

     自室は璃月港から少し離れた高い位置にあるため、海へと向かう道を下る。草がまばらに生えた土の道から、木で作られた橋を渡り、石で整備された道へと至る。それと共に、周りの風景も木々から民家や店舗へと変わる。まだ夜も明けない時間帯のため、人通りは少ない。深夜までやっている飲食店は多いが、今はそれらの店も閉まり、夜から朝へと移り変わる狭間の時間帯のようだった。欠伸をしながら店仕舞いをしている店員が遠くに見えた。姿は見えないが、人が屋内で何か支度をしている気配が近くの店舗からもしている。通りの灯も今は光が消えていて、辺りの風景に自らの存在を溶け込ませている。
     飲食店の並ぶ通りを抜けて、緩やかに下る坂へ差し掛かると、建造物が減り視界が開ける。船を建設している区画を横目に、整備された石の階段を下ると、港の端に渡された船着き場の桟橋へ辿り着く。海面から突き出た、板面を支える柱は海水が染み込んだ濃い茶色で、一定の間隔で打ち寄せる波を受け止めている。よく見るとそこには小さな貝類や藻が付着していて、長らく波や日に晒されたため、元の木の色は一見すると判別がつかない。橋の上に歩みを進めると、ぎし、と乗せられた重さで正しく軋んだ。
     桟橋の上に立つと、正面から、ごうと海風が強く吹きつける。後ろに束ねた細く長い髪束が、風に吹かれてたなびいて宙に線を描く。風に乗せられた潮の匂いが、すうと鼻を掠めて、後方へと流されていく。顔を上げると、水平線の向こうが、僅かに明度の上がった青色になってきている。まだ朝日は見えない。特に目的もなく歩いて来たため、ここでこのまま日が昇る様を見ようか、と思考を巡らせた矢先、「あれ」と聞き覚えのある声がした。
    「鍾離先生?」
     声のした方、斜め後ろへと振り向く。薄青い色彩の中でも目立つ、明るい橙色の髪をした青年が、こちらに向かって軽く手を振る姿が見えた。
    「公子殿」
     公子殿と呼ばれた青年…タルタリヤは、軽く笑みながら、上げていた手を降ろしてこちらに歩いてきた。
    「まさかこんなところで会うとは」
    「同感だ」
    「鍾離先生はどうしてここに?」
    「朝の日課で、毎日散歩に出ていてな。今日は何時もよりは早い時間に目が覚めてしまった」
    「なるほどね」
    「公子殿は?」
    「深夜に任務が終わってね。そのまま寝ようかとも思ったんだけど、そういえばまあまあ長く居るのに、朝の璃月港を見た事がなかったなとふと思って。なんとなく港を歩き回ってた」
    「で、ここに来たと」
    「そういうこと」
     そう話しながら、タルタリヤは鍾離の隣に来て立ち止まった。ぎし、と橋が音を鳴らす。
    「空、少し明るくなってきたかな」
    「そうだな」
    「この時間だと結構人も船も少ないね」
    「夜と朝の切り替わる時間だからな。もう少ししたら、漁に出ている船が戻ってくるし、通りでは朝食の屋台が出始める。船は…向こうに小さな影が見えるだろう」
     そう言って、鍾離は伸ばした指先を沖合へと向ける。
     タルタリヤは指をさされた方向へと目を凝らす。
    「え、どこに…ああ、本当だ。随分遠いな。鍾離先生、今話しながら探した?」
    「季節と時間が分かっていれば、どこに船が居るかは見当が付くからな」
    「それもそうかー…」
     考えてみればそうだったな、というようにタルタリヤはかぶりを振る。港が開かれてから出入りした船の数をも覚えていると、前に旅人から聞いた事を思い出し、分かるのも当たり前かと思ったのだった。

     空は少しずつ、海との境を起点に、青から翡翠のような青緑へと移り変わってきていた。浮かぶ切れ切れの雲は、灰色がかった濃い青色から、桃色へと色付いている。空高く飛ぶ海鳥が風に吹かれて、ゆらゆらと自身の翼を目一杯に広げながら、風に乗って漂っている。風は常に強く吹いている訳ではないが、時折何かを思い出したかのように、海原から港へと向かって、まとまった風量を伴ってやってくる。
     鍾離はゆっくりと、髪と同じ色をした睫毛で縁取られた、琥珀の両目を瞬かせた。凪のような穏やかな眼差しで、遠くの船を眺めている。繰り返して打ち寄せる波が、潮の匂いを連れてきて、足元で白い飛沫となって崩れる。
     一波ごとに揺れや水量など些細な起伏が異なるが、大抵の性質は同じで、日時や天候がそう変わらないのであれば一定の間隔で寄せる質量はある程度決まっている。世界の果て、沖からやって来て港の桟橋で砕かれる波は、長い旅路の果ての終着点を現しているようで、どこか自身と近いものを感じた。そうして旅人の事も頭を掠めた。
     暫く何も言わないまま佇んでいたが、タルタリヤも特に何も言わずに水平線を眺めていた。ただ朝日を待っているだけの、何にもならない時間が不思議と心地良いものだと、鍾離はそう頭の中で考えた。

     やがて空の端が、濃い黄色へと変わっていく。烟るように、辺りが柔くまろやかな空気に包まれたかと思うと、孤雲閣の鋭い岩槍の向こうから、漸く白く眩しい朝日がその顔を覗かせた。橋の上に立つ二人の足元から、それぞれの影が現れて、後方へと長く伸びていく。揺らめくさざなみが光に照らされて、まるで色が滲み出す様に、薄青い表面が金色へと変わる。青い視界が朝日の光で染め上げられる様を見て、わ、とタルタリヤは声を上げた。青色の瞳が、光を映して薄明るくなる。
    「久々にこんなにのんびりと朝日を見たな」
     呟くようにタルタリヤが言う。
    「そうなのか」
     振り返って鍾離は尋ねる。
    「大抵任務中でそれどころじゃないしね」
     金色の、明るい朝日の射す中に居るのに、顔の半分だけ光を受け、落ちた影の色は青く深く感じる。青年の目は深海のように暗い色をしていた。人によっては、一度掴まれたら逃れる事のできないような。からりと湿度のない、不意に足元に空いた穴のような、底知れない深さを纏った目だった。危うさと冷たさを混ぜ合わせた両の目を、親しげに細めて笑う。
    「こんなに綺麗だとは知らなかったな。見られて良かった」
    「ああ」
     かたん、とどこかの住居の窓が開かれる音がした。開け放たれた窓から、人の生活する声や物音が聞こえてくる。屋台も開かれて、どこからか人が集まってきて、様々な食物の匂いが流れてくる。そうして、静止した港が息づくように、だんだんと賑やかになっていく。それらの様子を眺めていたタルタリヤが、んん、と両腕を頭上に大きく伸ばしてから言う。
    「腹も減ってきたし、朝食をとってから戻るとしようかな。鍾離先生も一緒にどう?」
    「それは良いな。財布は……うん、散歩だけのつもりだったから無いな…」
     はは、と笑うタルタリヤの声が、辺りにあかるく響いた。
    「俺が払うからいいよ。あ、その代わり食後に一戦するってのは」
    「食べたら戻るんじゃなかったのか」
    「それはそれで。すぐ業務がある訳ではないし」
    「まあ…たまにはいいだろう。ただ、俺は今日これから勤務があるから手短にな。それと、本気は出さないからな」
    「そう前もって言われると、本気出させたくなっちゃうんだけどなあ…」
     とりあえず、お店を見てみようかとタルタリヤは歩き出し、鍾離はその後をゆっくりと付いていく。

     朝日を迎えた空は、黄色を溶かして青の色を濃くしていく。雲は白へと色を取り戻して、遠くの方をのんびり流れていき、すっかりいつも通りの喧騒が辺りを満たしている。道端に植っている銀杏の葉が、ひらりと青空へと舞い上がって、鍾離の鼻先を掠めていった。

     今日もまた一日が始まる。
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    🙏❤🐳🔶🇱🇴🇻🇪💕💕💕💕💖💖💖🙏🙏💘💘💘👏👏👏☺☺💞💞❤❤❤❤
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    yu.

    DONE💧🔸タル鍾 『ささやかな宴席(特別意訳版)』
    ぬいり先生とタルさんがお店でご飯を食べる話

    こちらはぬいり先生の言葉の特別意訳版です。
    話の展開は画像投稿したものと変わりません。
    ささやかな宴席(特別意訳版)(鍾離先生はまだ来ていないのか)

     とある店の窓から漏れ出る、橙色の光を受けながらタルタリヤはそう思った。
     璃月港の中心地から少し脇道に入った辺り、喧騒からは少しだけ傍に逸れた路地の合間にある飲食店が、今夜の宴席の場になっている。いつも通りであれば、約束の時間の前には既に鍾離先生が到着していて、自身は遅れてはいないのだが、結果後から来る形になる、という事が多かった。けれど今日は珍しく、先に着いていないようだ。まあそろそろ時間だし、そのうち来るだろうと思い待つ事にする。
     店を決める時、ここは肉や山菜類が美味しいぞと言っていたな、と考えていると、足先に何かが当たる感触があった。石か何かかと思い視線を下に向けると、焦茶色の小さく丸い何かが、靴の爪先の上にちょこんと乗っている。不思議に思い、よく見てみようと身を屈めると、それは生きものの頭で、こちらを向かれて顔が見えるようになる。その拍子に、頭の上の双葉のような毛が元気に跳ねる。きりりとした眉と大きな瞳、目元の鮮やかな朱。まろみのある顔の輪郭、かたく閉じられた口、短く丸い手足。ちりんと片耳につけられたピアスが、音を立てて揺れる。その生きものは初めて見たけれど、見覚えがある。ありすぎる。半信半疑のまま口を開く。
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