無題「行くわよ、アバン!」
「フローラ様、行くってどちらへ……ひぁあ!」
「喋らないで!舌を噛むわよ」
フローラはアバンを軽々と抱え上げて(所謂お姫様抱っこというやつだ)いきなり走り出す。その背後には、数名の男たちがアバンの名を呼びながら追いかけてきている。
「あ、あの!フローラ様!こ、これ、逆ですよね!それに、重くないんですか?」
「大丈夫よ。バイキルトとピオリムをかけているから!貴方、羽のように軽いわ」
フローラの男前な台詞に思わずキュンとする。が、違う違うとアバンは首を振った。
(立場が逆なのに、ときめいてどうするんですか!私!)
男が女にお姫様抱っこをされているなんて、屈辱この上ない!というところなのだが、フローラのあまりのイケメンぶりにアバンは思わず黙って見入ってしまっていた。
(フローラ様……相変わらずお美しい……と思ってはいましたが……十五年も会わない間に、随分と凛々しく……いや、きっとそれは私のせいですね)
「流石に実力者ばかりだから差が広がらないわね。少し脅しておきましょうか」
「えっ……?脅すって……」
フローラは立ち止まり、片手でアバンを支えて呪文を放つ。
「メラミ!!」
「ちょ……!フローラ様!!」
彼らの周りが火の海になり、熱い!燃える!と騒いでいる声が聞こえる。アバンは思わず眉間を寄せて彼女の名前を呼んだ。
「心配ないわ。あのくらいで死ぬような者はあの中にいないでしょ。ちょっとした足止めよ」
「それは、そうですが」
「そうでしょう?」
微笑みながらそう言って、フローラはまた走り出す。
「全く……貴方は相変わらず人気者ね」
「まあ……いえ……とりあえず家庭教師なので」
「それはともかく、どうして追いかけてくるのが男性ばかりなのよ!!」
「そんなこと、私にだってわからないですよ」
「しかも、その中の2人は貴方の弟子!それに元魔王……人たらしも大概にしておきなさい」
「そんなことを言われましても……」
自分の所為ではない。そう言いたかったが、確かに、昔から女性に言い寄られるのと同時に、同性からもそう言う対象として見られることが多かった。
それを思うと何もいえなくなる。
「まあ、良いわ。とにかく、十五年も待ったのよ。今更誰にも渡さないわ。覚悟なさい、アバン」
「フローラ様……!」
そう言って目を細めて微笑むフローラに再びときめいてしまう。
(はぁぁ……何なんですか、フローラ様。男前すぎます……!私が!私が貴女をときめかせたいのに!!)
そんなことを思っている時にフローラが口を開く。
「じゃあ、アバン。ルーラを」
「え?」
「ルーラは覚えてないのよ」
「わかりました。では、どちらに?」
その問いに、フローラは走りながら考える。
「そうね。じゃあ……あそこにしましょう。ふふ……思い出深いわ」
「……?」
「貴方と初めて会った森へ」
その言葉にアバンは目を見開く。なるほど、ルーラを使ったらそこにはきっと誰にも辿り着けない。
「わかりました」
アバンは瞳を閉じて小さく笑った。
「ルーラ!」
フローラに抱え上げられたままルーラを唱える。こうして二人は、当人同士しかわからない場所に移動した。