知らぬは本人ばかりなり。 最近、ロビンがお酒を飲みすぎている気がする。
――とマスターから相談され、心当たりがあまりにもあるものだから、咄嗟にフォローも何も出来なかった。
「まあ……そうかもしれませんね」
というか、昨日も彼の愚痴と惚気に付き合って散々飲んだ後だ。サーヴァントなのに二日酔いとかどういう理屈だとは思うが、件のロビンフッド氏はまぁまぁ酷い顔色で朝食のスープを啜っていたし、自分も寝起きは若干気分が優れなかった。彼女はそんな彼を心配しているのだろう。
「マスターから言ってみたらどうです?」
「定期的にそれとなく言ってはいるんだけどね」
なんかどんどん悪化しているような、とマスターはアイスカフェラテをストローで啜る。
「やっぱりストレスとか溜まってるのかな……何か聞いてたりしない? わたしが聞いてもいつもはぐらかされちゃって」
「……いや、まぁ……知らぬは本人ばかりってやつっすかね」
「え?」
金色の透き通った眸にじっと見つめられ、己の失言を悟った。
(うわ、何言った俺?!)
「……わたしのせい?」
「いや、違っ、てないけど、違うっす! マスターは全然悪くないっつーか……!」
(悪いのは寧ろ見た目の陽キャっぷりに反して、すっげぇ奥手なロビンフッドの方というか! あ、すげぇ言いたい。この際だから言いたい。きっと脈あるって大丈夫だって! でも、こんな大事なコト、とてもじゃないが俺の口から言えるワケがねぇ!! あと、万一、二人の関係が気まずくなったら多分殺される。間違いなく殺される。他人の痴情の縺れで座に強制送還とか流石に嫌すぎるわ!!)
焦れば焦るほど、まともな言葉にならず、百面相をしてしまう。やがてしょんぼりしたように俯いたマスターが「そっか……」と呟いて、ストローでカフェラテを掻き回し始める。カラカラと氷が音を立てるなか、意を決して「マスター」と声を掛けるのと同時に彼女は口を開いた。
「それなら尚のこと、きちんと話を聞かないとね」
「うぇ……マジ?」
「うん、マジ」
「そっかー……」
「マンドリカルドも協力してくれる?」
マスターから眩しいくらいの笑顔でお願いをされ、天秤を揺らしに揺らしたが、残念ながら答えは多分最初から決まっていた。
「いって、何すんだ?!」
時刻は二十二時。健康的な良い子であればベッドに入っていそうなこの時間に、食堂の片隅で一人と一羽が揉めていた。一人は緑の衣服に深緑のマントを纏った森の狩人――ロビンフッド、一羽は彼が日頃連れている――本人曰く勝手についてくるという――青いコマドリ。ちなみに今日はマスターの助っ人一号である。酒瓶を手にしているロビンフッドの頭をしきりにつついては威嚇している。
(いや、威嚇っていうかあれ殆ど襲ってるけど)
可愛らしい見た目の小鳥だから遠目には戯れているようにも見えるが、あれがカラス、鷹、鷲なんかだったら普通に怖いし、ちょっとした事件である。ちなみに少し離れたところで、その様子を見ながらビリーがけらけらと笑っている。少年と青年の間くらいの見た目でそんな豪胆さを見せつけられて、こっちは更に顔がひきつる。
「今日は休肝日にしたらどう?」
「は? マスター?」
コマドリにつつかれながらロビンフッドはぽかんとした表情を浮かべた。此方に向いた二人の視線に部屋に帰りたくなる。いやきっと二人とも自分の存在など眼中にないと思うが。
「休肝日って、サーヴァントには関係な……いてて、髪をむしるな! 禿げるっつーの!」
「最近、ロビンがお酒飲み過ぎなのでその子に見張ってもらうコトにした」
「見張りというか、妨害だよねコレ」
「コレくらいでオレが諦めるとでも? 見くびってもらっちゃ困る」
「何でドヤ顔してるんすか……」
コマドリを片手で掴むと、その手を齧られながら片手で器用にエールの封を開け、らっぱ飲みをし始める。
「もー! こうなったら、やっちゃえフォウくん!」
マスターがびしっとロビンフッドに指を向けると、彼女の肩に乗っていたふわふわの小動物、通称フォウくんが威嚇するように毛を逆立て、ばっとロビンフッドに飛び掛かった。飛び掛かったというか飛び蹴りを食らわせたように見えたのだが、きっと目の錯覚だ。今は酒瓶を持った方の腕にがぶがぶ噛みついている。それでも尚、酒を飲むことを諦めてないロビンフッドは多分完全に自棄を起こしている。いやまぁ、飲まないとやってられない原因となっているマスターに飲み過ぎだと叱られれば、ある意味当然なのかもしれないが。
(若いっつーか、青いっつーか……いや、見た目は俺と同じくらいだよな? あれ? 俺もしかして老けてる? 同じくらいの歳だと思ってたの俺だけ? そりゃサーヴァントの年齢なんてあってないようなもんだけど!)
「モテモテじゃないか、グリーン」
「ちっとも嬉しくないんですけどー!」
やいのやいのと騒いでいると、ふと、自分とは反対側のマスターの隣にもう一人現れた。
「なんか面白そうなコトしてるね?」
スーツ姿の男はマスターの助っ人三号というわけではなく、単なる野次馬らしい。
「ロビンにお酒飲み過ぎって言っても聞いてくれないから」
「なーるほど。そういう時はストレートにピシャッて言うのが一番よ」
「たとえば?」
「そうだねぇ」
(このリーマン、完全に楽しんでいる……!)
何事かを耳打ちされて「それでいいの?」「あのお兄さんには効果ばつぐんだと思うよ」と言葉を交わしているマスターに不安しか覚えてない。悪い予感以外の何も感じない。
「……っと」
何かが飛んできたと思いきや、リーマンの手にはシルバーが二本光っていた。
(こっわ!! あのアーチャー思いっきりフォークとナイフぶん投げてきたんですけどぉ!? つーか、器用っすね?!)
「ロビン」
マスターの静かな声が食堂の片隅に響く。一人マイペースに大きなミートボールがゴロゴロ入っているトマトパスタを食べていたビリーも食事の手を止めて、面白いコトを期待するような眼差しをマスターに向けている。
コツコツと微かな靴音を鳴らしてマスターがロビンに近付くと、一羽と一匹は護衛のように彼女の肩に乗った。
「もしかして、わたしのコト嫌いになっちゃった?」
「そ、んなワケなっ……?!」
マスターの問いかけに一羽と一匹が加勢するように鳴き声を上げる。
「うわぁ……」
真っ赤な顔で陸に上がった魚のように口をパクパクした後にその場で踞って頭を抱え始めた青年に心の底から同情を覚える。
「遅かれ早かれこうなるとは思ってたけど、マスターのあれ、キミの差し金かい?」
「いや? 僕はストレートに『酒に呑まれる男は嫌い』って言ったらってアドバイスしたんだけど」
「そっちだったら今頃泡吹いてたんじゃないかな」
キミ、人が悪いね。とトマトソースのついた赤い口でにんまりと笑うのがあまりにサマになっていて、「人の心がない」と心のなかで泣いた。
「ところでそれ美味そうだね。僕もいただこうかな。丁度フォークもあるし」
「良かったらどうだい? 冷める前に」
あっちは時間かかりそうだからさ、と朗らかな会話が繰り広げられる一方で、別サイドではマスターがロビンフッドのマントを掴んで踏んで脱走を食い止め、更に一羽と一匹に口々に煽られてと大惨事になっている。ここにロビンフッドの味方はいないらしい。
「あんたもどうだい? すごい美味いよコレ」
「あ……いただくっす」
(思わず返事しちまったけど、この状況でこの二人とメシ食うの?!)
内心震えつつも、長いものにまかれる形で席につき、余っていたフォークを手にパスタを頬張った。
「うま」
「だろ?」
まるで自分のことのように笑うビリーに頷きを返すと、彼は口元を拭って何てことのないように言い放つ。
「マスターのコトが好きすぎて酒飲まないとやってらんないとか、グリーンも大概だよねぇ」
「ふぅん、そんなに好きなの。なら、とっとと押し倒せばいいのにね」
メンタルの強すぎる二人の会話にミートボールを詰まらせそうになって、胸を叩きながらその辺にあったグラスを掴んで中の液体を飲み干す。この場に相応しい度数のアルコールを飲み下し、ぼそりと小さな声で「確かにそうっすね」と同意をすれば、リーマンの人に笑顔で酒を追加されて、やっぱり部屋に帰りたくなった。