過去の悲しみから立ち上がる時、必ずしも自分で前に進む必要はないって話顔を上げると、電車が停まっていた。
ここがどこなのかはわからない。
自分がなぜそこにいるのかもわからない。
でも、不思議なことに狼狽るような気持ちは湧いてこなかった。
ここにいることが正しい、そんな感覚。
硬いベンチから腰を上げると、右足を一歩前へ踏み出す。
続いて左足、また右足、左足、右足。
僕は電車に乗り込んだ。
他に乗客のいない車内はとても静かで、空気が柔らかい。
座席にポスっと腰掛けて、外を眺める。
景色がゆっくりと動き始める。
ガタン、ゴトン、ガタン、音を繰り返して、僕は元いた場所から遠ざかっていく。
あぁ、結局気持ちなんて、自分の気持ちなんて、自分で制御できやしないんだ。
離れ難ければ動けない。蹲って、下を向いて、進めない。
足に根でも張ったんじゃないかって、もうここに居続けるしかないのかって。
大袈裟に嘆いて、わざとらしく泣き笑ったりもしたのに。
動けなくても、心は痛みを忘れていく。
忘れないように、恨んだり、愛したり、疎んだりしたって、しがみついたって。
人は疲れたら楽な方に傾いてしまう生き物だから。
気がつけば指から力は失われて、僕はそこにいた。
歩けなくても、前進を拒否しても、僕は電車に乗る他なかったんだ。
時刻表は今日も動き続ける。
運休もいつかは終わる。
僕はこの線路を、廃線にする気もなかった。
景色が、色を変えていく。
思い出は過去の景色に、あの駅に、取り残したまま、色褪せていく。
目が覚める。
カーテンの向こうに朝がきた。
不思議と頭は冴えていて。
見ていた夢の景色を思い出したけど、すぐに現実の意識に溶けていく。
机の上には手紙。
封をして、切手を貼って、孤独な言葉を抱えた紙切れ。
僕はそれを破いてゴミ箱に入れた。
カーテンを開けると、窓の向こうはいつもより少し色づいた世界に見えた。