誰かのいる家金曜の仕事を終えて帰宅する。明日からは週末だ。
独身の時は家など寝に帰るものだったが、なるほど家に自分以外の誰かが待っている、というのはこういうことかと感じるようになった。
エントランスを抜け、階段を上り、鍵を開ける。
「ただいま」
……。
いつもなら、ここで妻がぱたぱたと走ってくるのだが。
いないのだろうか。
「買い物か?」
上着を脱ぎながらリビングのドアを開ける。
見回せば、ソファの上に人影が。
「アルビナス」
ハンガーに上着をかけ、近付くとすやすやと寝息が聞こえる。
ローテーブルには洗濯物が畳んであり、どうやら作業を終えて力尽きた様子だ。
普段は表情をあまり見せない顔が緩んでおり、僅かに微笑みさえ浮かべて、一体どんな夢を見ているのだろう。
思わずこちらも口元がゆるむ。
「おい、風邪をひくぞ」
そっと肩に手をやれば、薄いまぶたが震えた。
「ふぁ……?!」
そのまま頬に唇を押し付ける。
「?!あ、おかえりなさい……?」
「ただいま」
目を覚ましたのなら、とそのまま唇にも。
「んー!」
「どうした?」
唇の端に垂れた涎を舌で掬うと、真っ赤になった妻が慌てて肩を押してくる。
「ごはん、今すぐ支度しますから」
「何か買ってくる」
「いえ、材料ありますし」
「疲れているのだろう?」
「い、いえ、疲れてる訳ではないので」
料理の前にお前が茹で上がりそうだな、と妻の顔を見る。
「ち、ちょっと寝不足なだけで……もう充分寝ましたから!」
「寝不足?」
寝不足……ああ。それは。
「あ、あの、そうじゃなくて!夜中に目が覚めると隣に、いるの、が、嬉しくて……ずっと見ちゃって……」
かわいいことを言う。
オレもだ、と言い掛けた言葉を飲み込んで、赤くなってあわあわする妻をぎゅっと抱きしめた。