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    kkeddamma

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    フォロワーさんとの「泣く」がテーマのお話交換前編です。

    泣く話 前編 仕事帰りの夜。榎木津ビルヂングを訪問し探偵事務所の中に入ると、いつものように榎木津がデスクの前に座っていた。が、いつもはデスクに行儀悪く脚を載せているところが、今日は様子が違う。
     榎木津はデスクに肘をつき、両手で顔を覆っていた。
    「何してやがる。気味悪ぃ」
     木場はとりあえず毒づいた。むぅ、とくぐもった小さな声が返ってくる。木場はしかめっ面を作りながらデスクの方へ歩み寄った。真正面に立って見下ろしてやっても、榎木津は相変わらず顔を隠したままだ。
    「おいコラ、この野郎」
    「その汚い濁声は下駄男だな?」
     顔を隠したまま、榎木津が挨拶代わりの罵声を寄越してくる。「余計なお世話だ」と木場は舌打ちした。
    「ツラ出せよ。舐めてンのか」
    「そんなに僕の顔が見たいのか」
    「別にそんなこと――」
    「いいだろう!!」
     榎木津は突然大声で言い放つと、「いないいないばぁ」などと馬鹿のようなことをほざきながら手を離した。
    「……どうした、礼二郎」
     木場はたじろいだ。手の下から現れた大きな両の眼は、痛々しく充血してたっぷりと涙を湛えていた。「眼が痛いッ!」と榎木津が喚く。
    「朝起きたら急にこんなことになっていたんだ! 別に見えなくなったわけじゃないぞ!? ただ痛いだけ!」
     そういえばこの男は、昔から時々こうなることがあった――木場は思い出す。もともとイカれた視界をもつ狂人なのだからたまにこうして眼がイカれることもあるのだろうと、木場はこれまでさほど気に留めてこなかった。
     榎木津が乱暴にデスクの引き出しを開けて何かを取り出し、これまた乱暴に卓上に叩きつけるようにして置いた――目薬である。
    「昼間、和寅が医者から貰ってきた! 点せッ」
     榎木津が腕を組んでふんぞり返り、目薬に向かって顎をしゃくった。あまりに横柄な態度に、木場は何を言われたのか瞬時には理解できなかった。数秒の間の後、「それが人にモノを頼む態度か」と呆れかえる。
    「誰の目ン玉だよ。テメェでやれ糞野郎」
    「断るッ」
     榎木津がカッと眼を見開いた。と同時に飴色の大きな瞳からボロボロと涙がこぼれ落ちてくる。木場は馬鹿馬鹿しくなって失笑した。仕方ねぇな、と目薬を手に取る。
    「上向いてろ」
     涙目のまま榎木津がわずかに呆け、しかしすぐに上機嫌になった。「ん」とうなずき、顔を天井に向ける。木場は彼の顔を覗き込むようにして目薬をかざした――と、天井を見つめていた瞳がキョロリとこちらを見た。木場は苦笑する。
    「こっち見んなよ。やり辛ぇ」
    「じゃあどこ見てたらいいんだ!?」
    「うるせぇよ。普通に目薬見てろや」
    「怖いじゃないか!」
     天井に顔を向け、視線だけを木場に寄越しながら榎木津が憤慨している。「餓鬼か」と木場は毒づいた。
    「目薬ぐれぇで大げさなんだよ」
     面倒なので、木場は榎木津の戯言を無視することにした。右手で目薬を持ち、左手は涙に濡れた白い頬に添える。ぴた、と榎木津の無駄口が止まる。
    「的がでけぇからやりやすいな」
     そんなことを呟きながら、木場は大きな瞳に向かってぽとんと雫を落とした。色素の薄い瞳に透明な雫が吸い込まれ、澄んだ膜を張って潤いを満たしていく。榎木津がぱちぱちとまたたいた。
    「もう一丁」
     静かに告げながら、木場は反対側の眼にも同様に目薬を点した。雫が瞳に落ちた瞬間、瞼が降りる。長い睫毛が瞼の縁を飾っている。睫毛も髪と同じ金茶色なんだな、と木場は今さらながらそんなことを思った。
    「終わったぜ」
     肩を叩いてやれば、天井を向いていた顔が正面に戻った。榎木津がぱちぱちとまばたきをする。すると、瞳から大粒の涙がポロポロと溢れ出てきた。端正な太い眉が歪む。
    「しみるのか?」
    「うん、少し」
     子どものような、いとけない声が返ってくる。睫毛を伏せて静かに涙を流す姿を、木場はじっと見下ろした。
     単に薬の刺激に体が反応しただけで、泣くほど痛いわけではないのだろう。現に榎木津は眉をひそめてはいるものの、その表情は苦痛に歪んでいるという程のものでもない――けれど、さめざめと涙を流して白い頬を濡らしていく様を眺めていると、木場の体は無意識のうちに動いていた。
    「……めそめそ泣いてんじゃねぇよ」
     己の無骨な親指の腹で、榎木津の目元を払うように拭った。小さな雫が水晶の欠片のように宙へ散っていく。
     榎木津が顔を上げた。涙に濡れた白面はなんだか無防備で、そして少しだけ扇情的だった――木場は彼の顎をつまんだ。
    「明日も帰りに寄ってやる」
     そう言って腰をかがめ、触れるだけの口づけを落とした。飴色の大きな瞳がめいっぱい見開かれた。まじまじと見つめてくる視線を受け、木場は自身の行動を自覚して猛烈な羞恥に襲われた。思わず榎木津の頬を張り倒してやりたくなる衝動を必死に抑え、舌打ちしてそっぽを向く。
    「とっととくたばれ」
     そんな罵言を吐き捨て、さっさと背を向けた。どすどすと床を踏み鳴らしながら出入り口へ向かい、退出すると叩きつけるようにドアを閉めた。
    「……大げさになってンのはテメェじゃねぇか」
     ドアにもたれ、木場は額に手を当てた。明日も行くなどと告げてしまったが、いったいどんな顔をして訪問すれば良いのやら――木場は赤面して溜め息を吐いたのだった。
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