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    tusima_trpg

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    「口の虎は身を食む」内で使用した小説
    シナリオのネタバレはありません

    「或る北の記録」「北には星がある。そして、それを燃やす為の灯台があるのさ」
    その言葉を思い出した少女は、微かに息を吐いた。
    ある青年のおとぎ話だと誰もが笑い飛ばし、事実青年も笑っていたが、少女だけは信じた。そんな少女に、青年はまた笑って、ゆらりと蜃気楼のように肩を揺らした。
    純然たる信頼か、初恋による盲目的バイアスか、しかして二人の関係性を誰にも語ることはできまい。何故なら、青年は_
    「僕らは生きるためにここにいるけれど、じゃあ、死ぬための誰かは、どうしてまだ世界にいるんだろうね?」
    その声が未だ、祝福のようにこびりついているのだとしても。

    目が覚める。いや、眠ってはいない。気絶に近いだろう。
    一体、どれだけそうしていただろうか?空白の記憶は短く、鈍痛も引いていないからさして時間は経っていないはずだ。
    少しだけ上体を起こす。そうしてわたしは、潰れた片脚をゆっくりと引き摺りながら、ただただ新月の夜道を這いずるのを再開した。
    わたしには片脚を支えられるだけの力なんて残っていない。それでも、芋虫より惨めな有様を晒してでも、数歩相当に一分かけ、数十歩相当に一時間をかけ、そうして夜が明ける前に北へ辿り着くことを信じて、ここまで這って来たんだから。
    まだ息はある。寒いし、痛いし、苦しいけれど、止まる理由にすらなりやしない。
    今更、諦めるなんてどの口が言えるのか。わたしはただ北に。北に。一番北の灯台に行って、約束を果たさなければ。それは、誰よりもわたしが分かっている。
    それにしても、日が落ち沈み、朝焼けが訪れるまでの時間は随分と長くなった。
    わたしの知る世界は春が来て、夏が来て、秋が来て、冬が来て、また春が来て…僅か数年、彼にしてみればまだまだ生まれたばかりの幼子であるから、当然かもしれないけれど。
    夕方になって、みんなが食事のために一斉に動き出す時間。小さい子達がきゃらきゃら笑いながら走って行くのを大人がみんな穏やかに追いかけているいつもの光景。
    まるっきり変わることのないルーティンで唯一変わるものといえば、大廊下に差し込む太陽光だけ。春はピンク色のフィルター。夏は青色。秋はオレンジ色。でも、冬だけは照光時間の関係があるからとフィルターが完全に取り外される決まり。そこから零れてくる本物の太陽光はみんなが好きで、わたしも好きだ。
    だから、わたしは冬が好きだった。好きだったのに。
    「行かなきゃ」
    そう口に出す。何度も、何度も。そうだ、わたしは行かなきゃいけない。なのにまた止まってしまっていた、牛歩の歩みでも必要な一歩なのに。行動しなければ。
    思い出すな。思い出せば、わたしは弱くなるから。ただ、彼との約束のために這って進まなければ。今のわたしはそれしか出来ない。そのために全部捨てた。
    なんだっけ、確か、そう。ファーストペンギンだ。一番最初に行動する人のこと。わたしも、みんなも、多分彼も「ペンギン」を見たことはないけど。でも、最初に行動する難しさは理解しているつもり。
    ひとりぼっちで進むことはどれだけ苦痛だろう。現にわたしだって、折れそうなのをもう一人のわたしが殴って、二人分だか三人分だかの気力で進んでいる。ファーストペンギンの彼は、苦しくなかったのだろうか。苦しかったのだとしたら、一体どれだけだったのか。
    でも、もう彼は先駆者でしかない。わたしが同じように北を目指すから。
    「行かなきゃ。うん。行くんだ、わたしは」
    数十回目の言葉を最後に、ずり、と脚を_無事ではない、潰れた方を動かす。鈍い悲鳴が口から漏れる。びりびりと脚から始まって、太もも、胴、腕、指、脳、眼球に伝わる痛みの波を何とか受け流す。生温い感覚が残って不快感を煽る。
    ああ、どうにもこうにも、わたしは痛みに弱いのかもしれない。それで先程も意識の海底に沈没していたのに、まるで学習していない!馬鹿だ。自分で恥じながら、庇いつつ進む。
    潰れたこの脚の傷口が、出来ればわたしの負った傷がすべて凍ることを祈りながら、真っ暗闇の道を這うことを再開した。

    「どうか覚えておいてくれ。
    ただ、少女の瞳には夜への恐怖、全てを手放した後悔、追跡者への絶望、それらを塗り替えるだけの希望に満ち溢れていたということを。
    もし此処に詩人がいたのなら、彼女の瞳を星に例え、そして彼女から盛大に顰蹙を買ったに違いない。同時に、彼女に諦めるなら今のうちだと、むしろ殴りつけてでも止められるのは詩人だけだろう。何故なら彼らは言葉巧みに世界を創り出す。ありありと他者に世界を描かせることが本業なのだから、その声で、その文字で、彼女にも理解できただろう。どんな状況下に置かれているのか、いや、身を投じたのかを。
    勿論この暗闇では、とても客観視が出来る状況ではない。それは当然だ。しかしそんなことが、はたして生物に備わった最も合理的で古典的な危険信号を退けられるだろうか?しかも、大蛇に丸呑みされるどころか、夜空を翔る大鷲をはじめとする猛禽類に容易に攫われるであろう体格で、既に片脚が潰れている子供が?
    それを我々が議論する余地も、肯定も、否定も、意味は無くまた彼女への侮辱になる。理解してくれ。

    これは或る少女の末路であり、それに伴う我々の実験記録の再生データである。
    当該データの認証をもって、私は閲覧者にこれより先のデータに関する一切の権限を与えよう。

    目を逸らしてはならない。」
    _プロジェクトH4FH・管理者
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