そうしてつま先は同じ方向を向くラケットバックを担ぎ手塚は青春学園テニス部の部室を後にした。卒業式後であってもこの場所で感傷に浸る程の未練などなかった。全てをやり終えた自分にとって、この場所は良い思い出となって記憶として残り続けるのだろう。
感傷に浸る時間も惜しいと足早になっていたのには理由がある。
時を同じくして卒業式を迎えたあの男──跡部へ日本を発つ前に話がしたかった。越前との試合は有意義なものではあったものの完全に想定外であった。
携帯電話を開いて時間を確認してみればもう昼を過ぎている。
跡部とは会う約束をしていた訳では無いが会えるつもりでいた。
登録された名前を見つけ発信する。鼓膜に入り込む無機質なコール音は焦りとは裏腹に直ぐに鳴り止んだ。
「跡部、今どこにいる」
開口一番、相手の声を聞く前にそう告げると帰ってきたのは小さな笑い声だった。
「珍しい電話かと思えば突然すぎるだろ」
手塚は校門方向へと歩みを進めていた。学生服を翻し桜の舞う校舎を一瞥する余裕など無ければ、同じく今の跡部の言葉を流せる余裕も無かった。
「急いでいるんだ。お前に会いたい」
手塚は心臓の高鳴りを忍ばせつつ真っ直ぐな言葉を選んだ。
要件を伝えれば分からない男では無い。だからこそ些か面倒なところはあるのだが。
「───」
突如春風が吹き込み通話音をかき消した。舞う桜の花びらを顰めた視界の中で捉える。強風に完全に身が固まり、跡部の声も聞き取れず終いだ。桜に対してここまで邪険な気持ちを持つのはこれが最初で最後であろう。
「すまない聞こえなかった。どこにいるんだ」
「振り返ってみろよ」
その声はハッキリとした肉声で手塚の耳に届いた。そのまま振り返るとブレザーに身を包んだ跡部がそこに居た。
足止めされたと感じた春風はそのまま体を押し流し踵を返させた。
「考える事は同じってか」
跡部から差し出された艶やかな薔薇の花束は春の香りをかき分けて手塚の鼻腔を擽った。
花束を差し出す跡部の手ごと掴めば「今からテニスをしよう」と手塚が言った。
突拍子の無い言葉に目元をくしゃりとさせながら笑う跡部を飾るように桜の花弁が舞っている。