週末明けのとある朝、出勤しようとマンションのドアを開ける。
すると外でずっと待ってましたとばかりに金木犀の香りが風に乗って部屋の中にふわっと入ってきた。
たちまち金木犀の香りに包まれたゾルタンは「今年もこの季節がやってきたなァ」と心の中で呟くと、なにやら上機嫌な様子でマンションの鍵を締めやや駆け足で階段を降りていく。
彼は今まで花に関してはとんと疎く、見て分かる花はチューリップとカーネーションくらいだった。
しかし数年前にこのマンションに引っ越してからはその中に金木犀も加わることになった。
その答えは?実に簡単。
ゾルタンは逸る気持ちでマンションの正面玄関に向かう。
どんどん強くなっていく香りに顔が綻んでしまうのが抑えられない。もっとも、この花の匂いの前ではもう仕方ないのかもしれないとゾルタンは諦めてもいるのだが。
玄関の植木に着くと、そこにはゾルタンの予想通り。
今年も金木犀が溢れんばかりにオレンジ色の花を咲かせている景色が広がっていた。
ゾルタンはその前でゆっくりと息を吸う。金木犀の香りが胸いっぱいに入り込み、満たされていくのを感じる。
ゾルタンはここの金木犀が咲くのを見ることを、毎年のささやかな楽しみにしている。
今年もこの香りを堪能できる季節がやってきたと思うと、心が跳ね上がって仕方がない。
金木犀は一年のうちにほんの4、5日間しか鑑賞することができないので、本当は今この貴重な瞬間をもっと堪能していたいが、残念ながら人目もあるしそうはいかない。
もう一回深呼吸をするとスッとその場を離れ、駅に向かって歩き始めた。