フェイク・ヒストリー「あ」
穴だ。
水晶公と違って頬の横から伸びた大きくて長い耳に、関心がなかったわけじゃない。が、冒険者にとって装身具というのは武装の一部である。武装を一切身に付けずに顔を合わせることは、正直なところそうそうなかったので、皮膚と同じ色をした耳にぽっかりとピアスホールが空いていることに気がつくのは、たった今初めてのことだった。
水晶公の視線を受け、旅装を解いたままの英雄は訝しげに見つめ返した。
「ピアス、開けたのだなと思って」
「いつの話を……」
「いつの話なんだ?」
「どうでしたっけ。ええと、でも、結構前だったはず」
「ノアのころ、イヤリングだったろう」
「……よく覚えてますね」
指折り数えてどの時期か紐解こうとしていた英雄に横槍を入れれば、目を丸くされてしまった。そうだった気がします。では……と律儀にも時期の特定に戻っていく。なんで覚えてるかってそんなもの、じゃあプレゼントはピアスじゃダメだな、とか、そんなことを考えていたからに決まっている。あの頃の自分は彼女にプレゼントを寄越して受け取ってもらえるのだか不安になり、結局のところしまい込んだ記憶があるが、そもそも、調査のため雇った冒険者チームの一人から、戦闘用の装身具はこだわりがあるものだ、などと聞いていた以上、無用の長物にも程があったのだ。閑話休題。
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